小原教授「薬剤師の使命感が芽生える在宅医療」

2021年7月27日

帝京平成大学薬学部教授 小原道子氏インタビュー

薬剤師の使命感が芽生える在宅医療

在宅医療の黎明期と言われていた1990年代半ば、宮城県の過疎地域で在宅医療に取り組んでいた一人の薬剤師がいた。当時、その薬剤師はNHKの全国版ニュースにも取り上げられ「実際、現場に出てみますと患者さんたちがどれほど私たちを待っているがということが、すごくよく伝わってきますから、ぜひ皆さんに最初の一歩を歩み出していただきたい」と話していた。その後、その薬剤師は薬局とドラッグストアに従事し、在宅医療の推進に尽力、毎日をパワフルに駆け回り、小さな在宅医療の輪をどんどん大きく育んでいった。現在は帝京平成大学薬学部の教授として、薬剤師の未来を担う学生たちに「使命感を持ち、患者の暮らしと地域医療に貢献していくことの大切さ」を伝導している。この人物こそが、この記事に登場する小原道子氏だ。小原氏は今も変わらず、薬学生や若手薬剤師に「最初の一歩を歩み出してほしい」と訴え続けている。筆者も約10年、小原氏を追ってきた記者であるが、僅かなブレもなく突き進んできた小原氏の姿には度々心を打たれてきた。(取材/記事=編集長・佐藤健太)

――小原さんは「薬剤師による在宅医療の推進」に命をかけてきたと言っても過言ではないほど尽力してきました。その理由とは?

小原氏 まず、在宅医療のベースには「患者さんの暮らしを支える」という考え方があります。患者さんの人生の中で、お薬はほんの僅かな時間しか関わりませんが、小さな錠剤が悩んでいる疾患を治癒・緩和くれることはとてもすごいことです。在宅医療の現場で、服薬の大切さを正しく伝えていくことで、患者さんのQOLが向上していくのは薬剤師の大切な役割ですし、いつも私はそれを薬剤師の使命だと強く思って、長年在宅医療に携わってきました。

在宅医療に初めて参画したとき、「なぜ薬剤師は、患者さんが家で服薬するシーンを見てこなかったのだろう」と思いました。ドクターやナース、そのほかの医療従事者、介護スタッフなどは、在宅医療の現場で患者さんの訴えや困りごとを直接見聞きし、それを取り入れた医療・介護を提供しています。ですが、薬剤師は薬局で薬を渡しますが、それがきちんと飲まれているのか?」を自宅で見ている薬剤師はいませんでした。

お薬は医療だけではなく、患者さんが暮らしていくうえで非常に重要な役割を果たすので、薬剤師として患者さんには確実に服用してもらいたい。万が一飲みにくい場合には工夫して飲めるのだったら、そのお手伝いをしたい。当時の私は、そう強く思っていましたし、その考えは今も全く変わっていません。

――今では薬剤師が在宅医療に参画することは珍しくありませんが、小原さんが在宅医療に取り組み始めた当時は、患者からどんな声がありましたか?

小原氏 始めたばかりのころは「どうして薬剤師が来るの?」と疑問を持たれることが多かったのですが、徐々に「薬剤師にも相談していいんだ…」から「こんなことをしてほしい!」と、疑問から期待に変わっていく実感が持てました。

これは在宅医療だけではなく、薬局店頭にも同じことが言えると思います。薬局でお薬を渡す際に「説明は要らない」と強い態度を取られる患者さんはいますが、こうした方々にこそ「今までの接し方が悪かったかもしれない」と考え直し、話し方や聞き方をもう一度改めることが大切だと感じています。「薬剤師と患者さん」ではなく、「人と人」という捉え方で接していくことが服薬指導の価値向上につながると思います。

――これから、在宅医療に取り組み始める薬剤師にメッセージをお願いします。

小原氏 ドクターの処方に基づいてはいますが、患者さんのことを思いながら処方した薬が服用され、患者さんの震えが止まったり、痛みが緩和されたり、「ありがとう」と言ってもらえるような前向きな瞬間を、患者さんの暮らしの中で互いに共有できることは、自分自身の大きな成長に繋がると思います。

また、患者さん自身が病気と戦っている姿を目の当たりにすることで、「私も患者さんの役に立ちたい」という医療人としての使命感が生まれてくると感じます。在宅医療の現場は想像していたケースではない環境の場合もあります。例えば、独居で不安を抱えた生活であれば、生活も心も荒んでいるケースもあるかもしれません。

現場で仕事をしていると、前向きになることが難しい環境もあります。ですが、「何とかしたい!」という使命感があれば、在宅医療を充実した薬剤師の仕事の場として選ぶこともできると思います。また、薬学教育で行われる実務実習は病院と薬局ですが、これらはどちらかと言えば受け身の業務です。現在「健康サポート薬局・かかりつけ薬剤師などで国民の健康を支えていきましょう」という流れができていますが、実はそこで役立つだろうセルフメディケーションの実務実習は、まだ日本にはありません。

病院では医師からの処方せんに基づきが薬剤師も介入しますが、患者に対する適正な医療のジャッジは自分一人ではありません。そこにはチーム医療の良さがあります。これがセルフメディケーションのジャンルになると、薬剤師が決定権の頂点にいるので、良いも悪いも薬剤師に責任がかかってきます。しかしながら、セルフメディケーションでは、薬剤師が患者さんを見極めて、自分一人で決定していくという責任を学ぶ場でもあります。

この考え方は在宅医療にも通じるところがありますので、在宅医療を取り組みたい薬学生・薬剤師には、ぜひセルフメディケーションを学んでいただきたいと思っています。先日、厚生労働省から公表された「薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」では、今後の薬学生の学びとして、研究者の育成と同時に、臨床、在宅医療のための介護分野の内容、OTCや健康サポート薬局機能による地域住民の健康増進を進める事、感染症、コミュニケーションの充実が記載されました。薬学生の育成に、各大学も大きく舵を切ると感じております。現在薬剤師としてご勤務の先生方にも、このような時代の変化に、よりしなやかに対応してほしいと願っています。