「横紙破り」の細谷さんが反対で見送りに(160)

2025年9月23日

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後日談である。翌年に栄養所要量の第3次改定が発表された。しかしそこにビタミンEはなかった。それに関わった福場さんは「第3次改定日本人の栄養所要量について」という文書を書いている。

しかしその中で、脂溶性ビタミンとして触れているのはビタミンAとDだけで、ビタミンeに関する記述はない。そして「我が国の現況では、これらのビタミンの欠乏症の発症もほとんどなく、充足していると考えられる」とまで書いている。

これにはさすがに失望した。しかしビタミンEがまったくなかったわけではなかった。同じ文書の中で、ビタミンE、葉酸、ビタミンB6、B12は「付録として若干の記述が加えられたにすぎない」と書いている。

この「すぎない」に福場さんの万感の思いが込められたのではないかと、気付いたのはだいぶ経ってからだった。

しばらくして学者の情報に詳しい人から聞いて驚いた。細谷憲政という人を覚えているだろうか。後に日本健康・栄養食品協会の理事長を務めた人だ。当時は東京大学医学部教授で保健栄養講座を担当していた。いわゆる医学部系の栄養学の大先生である。それに加えて公衆衛生審議会栄養部会部会長、食品衛生調査会委員、さらにこの栄養所要量の第3次改定では策定委員会委員長まで務めている。国の栄養政策の頂点にいる学者なのだ。

ところがこの男、学者の間ではえらく評判が悪い。「あれは横紙破りと言われている」とある協会の関係者から聞いた。私は直接会ったことなかったが、講演を聞いたことはあったから、だいたい理解した。エラの張った顔つき、睨みつけるような目付き、そういえば蛇のマムシに似てなくもない。見るからに強引そうで、いやな奴と言った顔つきに見えた。

「この時、所要量にビタミンEを加えることが決まりかけていた。そこに細谷さんが横やりを入れた」

言い出したのが「欠乏症がない」ということだったようだ。確かにこの頃ビタミンEには欠乏症が稀だと言われていたように思う。そこを突かれた。それで見送りになったのだという。

横紙破りの細谷さんにとっては面目躍如といったところだろうが、福場さんは面目丸つぶれだったに違いない。それ以前からか、それ以降からかは分からないが、二人は犬猿の仲と言われていた。

とにかくビタミンEは第3次改定には入らなかったが、この時はまだ誰も知る由もない。

ツアーに戻る。一行はR・P・シーラーの工場見学のためフロリダに移動した。R・P・シーラーは今ではキャタレントという会社に代わっているが、当時はソフトカプセルの企業としては世界で最も大きな企業だった。

日本にも支社があって、このツアーには社長の谷口さんも同行していた。その理由はこの工場の見学だった。

当日、京都出身の谷口社長は関西弁で、工場長の挨拶の通訳をした。何を言ったか覚えていない。

その後、何組に分かれて工場内を視察した。 

我々のグループには英語が出来る人が一人しかいなかった。それも心もとない通訳で、説明する人の言っていることをほとんど理解していないようだった。しかしカプセル充填機を見たことのある人は少なくない。私も富士宮周辺の工場で何度も見ていた。だから言葉はいらない。見るだけで分かる。

ゼラチンの2枚のフィルムの間に充填する液が注ぎ込まれると、型を彫ってある2つの円筒形の型の間を通って、ソフトカプセルの粒が出て来る。ロータリー式と言うのだそうだ。たいして面白くなかったが、谷口社長の顔だけは立った。

見学が終わると、ホテルに移動した。空港から乗って来たガイドのおばちゃんには米国人のご主人が一緒だった。関西弁で気さくに話しかけるおばちゃんは瞬く間にツアーの人たちの人気者なった。ご主人は戦後米軍の兵隊として日本にいたことがあった。その時に知り合っておばちゃんと一緒になったのだそうだ。だから日本人が大好きで、日本人のツアーには必ず一緒に乗ってもてなすのだそうだ。

「そういえば大統領に似ている」と誰かが言い出した。当時、ロナルド・レーガンが大統領だった。いわれて見ればそのレーガンに顔だけでなく背格好もよく似ていた。夫婦もそれを自慢にしているようだ。

そうしているうちにご主人が「明日はどうする」と聞く。明日は1日スケジュールがフリーだった。それでタンパに来たらディズニーワールドに行くか、ゴルフをするかのどちらかだと言う。このご主人は無類のゴルフ好きで、一緒にやろうと言うことになった。福場さんにはご主人が自慢のクラブ貸すことになった。成り行きで、主催者の我々3人も生まれて初めてゴルフをやることになった。

(ヘルスライフビジネス2020年12月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第161回は9月30日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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