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冊子の発行は健康食品排除が目的か(174)
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「木村君、これは大問題だ」葛西博士が憤慨している。
机の上に十数冊の小冊子が積まれている。手に取ってみると、一部辺り10ページ足らずの薄いものだ。タイトルは「健康情報シリーズ」とある。それぞれビタミンC、ビタミンEからカルシウム、クロレラ、ローヤルゼリーなどで、一見してよく知られた健康食品を対象ものであることが分かる。発行は健康体力づくり事業財団と言う。
「この財団はナニ?」と私が言うと、他の編集部の者も首を傾げている。あまり馴染みがない。
「僕も聞いたことがなかった」と博士。それで調べてみたと言う。東京オリンピックがあった1964年(昭和39年)に「国民の健康・体力増強対策について」とする閣議決定が行われた。オリンピックを機会にして国民の健康づくりや体力向上を図ろうと言うわけだ。そして翌年に健康づくり国民会議で体力づくり運動が始まる。さらに1978年(昭和52年)には厚生省の国民健康づくり計画が始まり、健康体力づくり事業団が作られたのだと言う。作ったのは厚生省と文部省で、目的は健康や体力の正しい知識や実践方法を普及することだそうだ。
「でも公益法人だから天下り先でもあるわけだ」
それでかどうかは分からないが、この団体の年間の財政はかなり豊かだ。その上に国からの委託事業もある。その一つがこの冊子の出版らしい。
「自治体を使って配布していると聞いた」
そうだとすると配っているのは保健所かもしれない。保健所はこの頃全国に800か所ほどあった。だとすると、配布された部数は1か所100枚とすると8万部、500部だとすると、40万部という膨大な数になる。数によってはかなりの影響力がありそうだ。
それが我々の知らない間に、出回っていたのだ。まだ業界の一部の人にも知られるようになった。それで手に入れた企業の人から話があって葛西博士の耳に入った。冊子を手に入れた。
「内容を見て驚いた」と博士は言う。ビタミンCの冊子を例に問題の内容を明らかにした。ビタミンCは果物や野菜など植物性の食物に含まれている。欠乏すると壊血病を引き起こす。日本人に必要な栄養素の摂取量を定めた栄養所要量では一日50㎎(現在は100㎎)とされている。これが摂れているかどうかを調べた国民栄養調査では必要量を上回る量を摂っている。
問題はここからだ。すると1日1000m、2000㎎というビタミンCの補給はいらないと言うことになる。言い換えればサプリメントはいらないということになるのだ。この時期の最新の栄養学では、人によって必要量は数十倍の開きがあると言った「生化学的個性」、ストレスによる必要量の増大が指摘され始めていた。冊子はこの新たな栄養学の考えを無視した“守旧派”の栄養学によって作られていた時代遅れの代物だった。
「食事だけ摂っていれば大丈夫だと言うことが言いたいんだ。この冊子では…」と葛西博士。さらに他のビタミン・ミネラルなどでもこの姿勢は一貫していると言う。
「でも健康食品はいらないとはどこにも書いていないですよね」と岩澤君が冊子を見ながらつぶやいた。
確かにどこにもサプリメントはいらないとは書いていない。だが読んだ人にはいらないという印象しか与えないような内容に仕立てられている。
「意図するのは健康食品排除だな。そうでなければ今時、こうしたものを出す意味がない」と博士はいきり立っている。
ふと冊子の奥付を見ると、監修者として細谷憲政の名前があった。どこかで聞いた名前だと思った。
(ヘルスライフビジネス2021年5月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)