東大の教授は赤マムシだった(180)

2026年2月10日

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2月に入った。一か月後に迫った晴海の展示会の準備で忙しくなった。しかしそれにしても今年の展示会はどうも付いていない。行政の規制のせいもあって、昨年の景気は思ったほどではなかった。そのため出展企業の数も今一だ。さらにポーリング博士の来日は来年に延期になった。ついでに言うと、私の結婚もちょっとしたことがあって頓挫した。

そんななか、細谷さんの取材の日取りが決まった。3月の半ばだと言う。

「木村君、一緒に行かない?」と葛西博士が私に聞く。忙しいし気が進まない。どうせ言い訳を聞きに行くだけのこと。新しいことは何もないはずだ。ただどんな顔つきで言い訳をするのか聞いてみたい気もする。するとまた「ねえ、どう?どう?」としつこい。博士は一人で行くのは心もとないのかもしれない。

そういえば博士には以前から東大コンプレックスのようなものがある。半端に国立大学などを出ていると、天下の東京大学に畏怖の念に似た気持ちを覚えるのかもしれない。ましてや取材するのはその大学の最難関で偏差値78ともいわれる医学部、しかもその教授である。私は私立大学出身なのでまるでそうした感情がない。私から見ると東大の教授と我々は地球人と宇宙人くらいの違いがある。だから同じ人類と思っていないので、宇宙人と接近遭遇することには多少の興味はあるが畏怖の念はない。

「だって宇宙人は見てみたいよね」と岩澤君に言うと、「ETですね」と言う。スピルバーグの映画を思い出したようだ。1982年に公開されヒットした映画で、スティーブン・スピルバーグ監督の代表作の一つだ。

「そう、そう、ETだよ」と言うと、岩澤君は「確かに会ってみたい気はしますね」と言ってニコリとした。おそらく映画を思い出したのだろう。そのとき岩澤君の頭の中を駆け巡ったであろう映画のあらすじをかいつまんで説明すると、以下のようになる。地球上に植物の採取に来ていた宇宙人の一人が、置き去りになる。それを見つけた子供たちはそれをETと呼び、友達になる。捕まえようとする大人たちから匿い、自転車に乗って空を飛び、ETは迎えに来た宇宙船で宇宙に帰って行く。SFのファンタジーだ。

このETは眼ばっかり大きい、しわだらけのお爺さんのようだし、子供のようにも見える。なんとも指と指を付けて心通わせるシーンを思い出す。なんだかチャーミングが存在だった。

しかしこれは私の思い違いだった。当日東大の医学部の2階か3階くらいのフロアーだったが、壁の白さが印象に残っている。我々は殴り込みに行く高倉健と鶴田浩二の心境である。そこに白衣姿の細谷さんが出て来た。椅子に座って挨拶し、連載中の新聞を見せた、すると急に声を荒げた。

「これだ!これだ!これだ!」と言って新聞を振り回しながら、「怪しからん!怪しからん!」と怒鳴った。やっぱりやくざの親分だ。

名刺を出しているのに、「お前たちは誰だ」と言う。相当興奮している。ETみたいに爺さんだが、まったくチャーミングではなかった。顔つきはむしろマムシに似ていた。だから、まったく可愛げがない。そのマムシ顔が興奮で真っ赤になっている。だから赤マムシだ。

「お前たちはどこの系列だ!朝日か!読売か!」とすごい剣幕だ。しかし一瞬、意味が分からなかった。我々がきょとんとしていると、「朝日の奴は左遷させた!読売の奴は首にした!」とまくしたてた。どうやら大手の新聞社のことを言っているようだ。それにしても朝日や読売の記者となんかあったのだろうか。言っていることは本当なら、取材に来た記者とひと悶着あって、大騒ぎして新聞社に圧力をかけたのだろう。

「どこの馬の骨か知らないが、だれに対してものを言っているのか!私は東京大学医学部の教授、細谷憲政だ!」とは言わなかったが、そうした怒りが全身から噴き出しているようだった。まるで化け物のようだ。その化け物の前で、か弱き我々は黙って震えているしかない。ところが怒れば怒るほど自分を我々の前に曝している。馬鹿なオヤジだと思った。

しばらくして「いや、我々はどこの系列でもありません…」と博士が言う。いい度胸だ。すると細谷さんは絶句した。

(ヘルスライフビジネス2021年10月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第181回は2月17日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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