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あいつらは悪党だ!と怒鳴った(181)
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東大を出て、春日通りを湯島駅の方へ下っていった。
「なんだか嫌な取材だったなあ」と葛西博士に言うと、彼もそう思っていたのか無言で頷いた。我々をさんざん詰(なじ)った後、愚痴をこぼし始めた。
「あいつらは悪党だ!」と言う。あいつらとは連載で取り上げた稲垣、美濃、糸川、八木らのビタミンの研究の重鎮たちのことだ。しかしなぜ悪党なのかは言わなかった。それで我々は想像するしかないがおそらく、こういうことだろう。
「健康情報シリーズ」の冊子は厚生省の依頼で作られた。そのときにはすでに方針が決まっていた。方針は端的に言うと、健康食品の存在を科学的に否定することだろう。ビタミンに関しては国の栄養基準が決まっている。それに沿ってまとめれば、役所の目的も達することが出来る。健康食品のバックボーンになっている新しい研究について言及していなくとも、協力した学者が後ろ指を指されることはない。
細谷さんからすると、資料を提出した学者たちがそんなこと分からないわけはないと言うことだ。それなのに、冊子が出て批判させると、自分たちは知らぬ顔で私だけが悪いように言う。それで「あいつらは悪党だ」と言うことになるのだろう。これは葛西博士と私の出した結論である。
そして愚痴はさらに続いた。「だいたい栄養学なんてものは科学じゃアない」と言い出した。科学的な研究をしているはずの細谷さんの言葉とも思えない。「先生それはないでしょう」と葛西博士は言う。すると「アイソトープが使えないんだぞ」と言い出した。
アイソトープは化学の研究で使うらしい。放射線を出す同位体という標識を研究する物資に張り付ける。すると放射線を出すから、その物質が身体になかのどこに運ばれるかが分かるのだそうだ。
葛西博士の話だと、欧米では使えるが日本では社会的に放射能へのアレルギーがあって、科学的研究でも使用が認められていないそうだ。だから栄養素などの体内動態が分からない。それもあって「科学ではない」と言うのが細谷さんの考えらしい。
「分からないではないが、だからと言って今回の冊子の言い訳にはならないよ」と博士は言う。こんな話をしていると、これで連載の記事が書けるかどうか心配になって来た。それで聞くと、博士は「ううん…」と唸った。
後日、風の便りで細谷さんがある学会で、この問題でつるし上げにあったと聞いた。するとポケットからビタミンCの錠剤を取り出して、「私だって飲んでいる」と言ったそうだ。役所の言うことに従順なだけの人なのか、初めから学者としての信念なんてないのか。
翌年、東大を退官して名誉教授になった。これで業界との縁も切れたと思っていたが、ちょうど10年経って、驚くことにこの細谷さんが財団日本健康・栄養食品協会の理事長となって舞い戻って来た。
そこで思い出したことがある。厚生省の親しくなった担当官に言われたことがあった。我々は健康食品を認めたわけではない。天下り組織を作ったから認めてやったのだ。その天下り先とは協会のことだ。だから細谷さんが帰って来たのは、役人の天下りの順番が巡り巡って来たのかも知れない。所詮、東大の教授も役人である。
しかしこちらは細谷さんのことを忘れていなかった。当時は曲がりなりにも記者クラブがあった。それで記者会見を要求した。当日、協会で開かれた会見には私が出席した。葛西博士はすでに記者を止めて、健康食品会社の雇われ社長になっていた。
会見で細谷さんに質問した。
「理事長は健康食品に否定的でしたよね」それなのに、なんで理事長を引き受けたのかとの意味を込めて言った。すると細谷さんも私のことを覚えていたようだった。いやな奴に会ったとでも言いたそうな、苦々しい表情をした。それでも口ごもりながらも、「あのときと今は時代が違う」と言う。機能性食品の制度も出来、確かに健康食品の科学的研究が進んでいた。だから必要性が分かったんだと言いたいのだろう。苦しい言い訳だが、「本当に必要だと思っているんですね」とさらに言うと、「そ、そうだ」と言う。それでも許しはしないが、もうこのことは御仕舞にしようと思った。しかしそれ以降も細谷さんは何処で会っても、私に視線を合わせようとはしなかった。
(ヘルスライフビジネス2021年10月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)