健康の先生と販売の二足のワラジ(4)

2022年10月4日

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「取材に来て欲しい」と関西弁訛りの初老の男の声で編集部に電話があった。

聞くと京都の会社だという。関西に取材に行くときに寄ると告げると今東京に来ているという。つまりすぐに来いということらしい。同僚に聞くと業界では知られた会社だという。しぶしぶ築地に近いホテルに出向くことになった。

フロントに行くと部屋に来いとの伝言があった。ドアをノックすると初老の男が出てきた。「おー来たか」とやや鷹揚な構えである。部屋は広くないが、テーブルを挟んで2脚の椅子があった。メガネをかけたやや頭の毛の薄いおじさんと向かい合った。机の上にはどうしたことか缶ビールとカップ大関が置いてある。いきなり「まあ飲め」という。時計を見ると午前11時だ。

「いやァ。まずいですよ」というと、「新聞記者が何を言うか。酒くらい飲めないでどうする」と一喝された。これが付き合いの始めだったが、それ以降、京都の本社を訪ねるごとに昼からお酒を呑むことになった。

この初老のおじさんは日本ハウザー食品の創業者の金高資治社長だった。名前の曰くを聞くと、桓武天皇の血筋だから平家の一族で、平家没落以降は中国地方に坊主となって身を潜め…とやたらに長い。しかも金高さんは戦前にコロンビア大学医学部に留学していたというから、私のような“馬の骨”とはわけが違うらしい。

ハウザー氏と金高氏

このときゲロード・ハウザー博士と知り合ったという。ハウザー博士は1951年に「Look Yonger,Live Longer」という本を出版して、一躍健康分野で有名人になった。ハリウッドの女優を始めとする上流社会に広まり、37か国に翻訳され、世界的なベストセラーになった。日本版も『若く見え長生きするには-アメリカ式健康法-』とうタイトルで日本版も出版されている。この著作の中でハウザー食が紹介されている。中身は酵母、脱脂粉乳、ヨーグルト、小麦胚芽、粗製糖蜜などに野菜ジュースを加えたものだった。

健康食品のはしりだったが、金高さんこうした食品を販売していたが、このハウザー博士の健康法を広める伝道師でもあった。1971年には『長寿の手引き あなたも140歳まで生きられる』といった本も出していた。健康法の先生として講演しながら商品の普及もする。いわば二足のワラジを履いていたわけだ。

こうしたやり方、私がこの仕事に付いたころは普通に行われていた。印象に残っているのが宿便取り健康法だ。宿便とは長期にわたって腸の名中にはへばり付いている便のことで、これが体に悪さをして人は健康を損なうという考え方で、必ずしも科学的に証明されたとではないらしい。もちろん科学的に解明されていないことの方が多い訳だから、今では証明されていないからと言ってインチキだとは思わなくなった。しかしこの頃は「怪しげだ」と思っていた。

その怪しげな宿便取り健康法の講演会がお茶の水で開かれた。主婦の友社のビルの中だったかも知れない。主催はサンゴ草の健康食品を出している会社だった。講師はやはり主催企業の社長さんだったと思うが、温厚そうな方だったことを記憶している。消費者が聞き手なので話は分かりやすかった。話の中身は宿便を取るサンゴ草の説明だが、北海道の厚岸などの地域や四国の一部に自生している植物で、これを粉末にしたのが「サンゴ草」の健康食品で、これを摂って10日ほどすると黒いタール状の便が出てくるという。これが宿便だそうだ。これが出てしまうと体の調子が良くなるといった話だったように記憶している。

講師の熱弁に会場は水を打ったように静まり返っている。今まで聞いたことのない不思議な話に引き込まれ、しばらくすると私も次第に宿便を出せば健康になれるという気になって来た。使ってみたい衝動にも駆られた。聞いていた人たちも同じなのか、帰りには会場の後ろに並んだ商品を買っている。

取材の私は資料と商品をもらって帰った。会社に帰ってさっそく製品の箱を開けるとシティックが数十本入っていた。取り出して口を切ると、粉状のものが入っていた。一気に飲み込むと口の中の水分が一気に干上がった。「水、水」というと、同僚があわててコップを持ってきてくれたが、水が口の中に入ると、プーと粉を吹いてしまった。以降、その製品を呑み続けたかどうかは覚えていない。宿便が出た記憶もないので、おそらく飲まなかったのかも知れない。

※第5回は10月11日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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