MWレポートを記事にして〝葛西博士〞が誕生(29)

2023年3月28日

バックナンバーはこちら

翌月になると分厚い封筒が送られてきた。社名と住所は古風にも筆ペンで書かれた文字が躍っていた。持つとずっしりと重い。開けると渡辺先生からのレポートだった。
「MWレポート」と書いてある。MWはマサオ・ワタナベのことらしい。

A3のコピーの用紙を半分に分けて、びっしりと手書きの文字が並んでいる。万年筆の文字は封筒と同じ筆跡で達筆だった。しかし文字が〝踊っている〞ように見えて、筆文字を読みなれていない者にとっては一筋縄で行きそうにない。もちろん書いてある内容は先刻承知で難しいこと限りないに違いない。しかも100ページはありそうだ。

編集長が入っていた手紙を手に取った。
「木村君、大変だ」と手紙を突き出す。見ると、コピーしてそれぞれで読むようにと書いてある。思わず顔を見合わせた。編集長が私を指さす。お前読めという意味らしい。
「エッ!そんなのムリ、ムリ」と思わず口を突いて出た。編集長も気が進まないのか、しばらく考えて、「葛西君に任せよう」という。私もすぐに同意した。欠席裁判だが、たまたまいないのは運が悪かったと諦めてもらうしかない。そう決まると楽になった。

以降、彼が渡辺先生の担当に任命された。すでに渡辺先生に心酔している彼は誇らしげで、レポートが来ると2部コピーして、我々に配るのが彼の役割になった。もらうと丁寧に引き出しにしまい込んだ。読んでいるのは彼のみで、我々はその苦役から解放された。

彼はまじめに読んでいるようで、よせば良いのにレポートの話を話題にする。編集長は忙しそうにして話に取り合わない。すると今度は私に話しかけてくる、「まだそこまでは読んでいないんだよ」と言って逃げるか、適当に相槌を打っていた。しばらくすると、さすが彼も気付いたのか、そのうち話題にしなくなった。

ところが都合悪いことにレポートの主である渡辺先生がたまに会社に立ち寄るようになった。顧問なのだから当たり前なのだが、困ったことにその都度、レポートの内容の話をする。読んでいないこちらは、その度に身の縮む思いがする。感の鋭い方で、すぐばれた。「読んでないな!」と一喝される。何度頭を下げたか分からないが、喉元過ぎれば何とやらで、しばらくするとまた机の中にしまい込む。そんなことを繰り返しているうちに、同僚の葛西君が真面目に読んでいることが分かったためか、渡辺先生にレポートの内容を原稿にして掲載するように勧められた。しばらくすると取材先から言われるようになった。

「オタクの新聞の記事最近良いね」
なにが良いかというと、最近になって突然欧米の最先端のビタミン・ミネラルなどの記事が載り出したことだ。ほめられるとこちらも悪い気はしない。いやむしろ誇らしくさえある。それで机の中にしまい込んでいたMWレポートを引っ張り出して読むようになった。読んでみると確かに目から鱗だ。もちろんこちらの読解力もあって、すべての鱗が落ちたわけでないが、健康食品の必要性が理解できる素晴らしい内容だった。

葛西君も大分勉強して質問すると的確に答えるようになった。ただしよく聞くと知ったかぶりの怪しい話もあったが、とにかく一目置いて、我々は彼を「博士」と呼ぶようになった。
あだ名が博士になった葛西氏は案外満足げで、勉強にも一層拍車がかかった。
関連会社の雑誌から原稿の依頼が来て、彼が健康食品について数頁にわたって書いた。しかしやや調子に乗り過ぎたきらいがあった。
タイトルは「ゴミが金になる」。確かに健康食品の素材の多くは食品として加工の過程で捨てられたものの中に大事な栄養があることを見つけ、それを製品化したものが多かった。私たちの結論は博士の指摘は確かだがタイトルが「下品だ」ということに落ち着いた。

(ヘルスライフビジネス2015年6月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第30回は4月4日(火)更新予定(毎週火曜日更新)