医学の発達ではなく、長寿は食事が作る(36)

2023年5月9日

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宴会はなおも続いている。酔いは大分回ってきたが、今村光一の舌はますます滑らかになった。話は今書いている本の話に及んだ。なかでもウイリアムズと近藤正二の2人の先人の話は強く印象に残った。

ウイリアムズ博士はテキサス大学の教授で、ビタミンB群のひとつパントテン酸の発見者であり、葉酸の命名者のようだ。米国生化学会の会長まで務めた大学者だが、健康食品の歴史に大きな足跡も残している。ポーリング博士と並ぶビタミンの大量投与の提唱者の一人だった。サプリメントの処方も残したことを後で聞いて驚いた。しかしそれと同時に食事が大事だということを科学的に明らかにした「生命の鎖」を提唱したことでも知られている。

栄養素をネズミに与えて、人が命を保つのに必要な栄養素が46種あることを明らかにした。ちなみにアミノ酸9種類、ミネラル16種類、ビタミン20種類がこれだ。これらの栄養素が鎖の輪になって命をつないでいる。どれか一つでも欠ければ鎖は切れてしまう。これらの栄養素のすべてをサプリメントで捕るのは難しい。

「だから食事が必要なんだ」と今村光一はいう。

もう一人の近藤正二と言う人は東北大学医学部教授だった。脱脂粉乳を給食に摂り入れるように進駐軍に提言したことで知られるが、専門が体格と寿命の研究で日本の長寿学で草分け的な存在だ。この人のすごいところはフィールドワークで、1977年に83才で亡くなるまで日本全国の990か所の地域を回って調査したことだ。これにより、食習慣と寿命の関係を解き明かした。後にこれをまとめた「日本の長寿村・短命村」(サンロード出版)を読んだ。健康・寿命と食生活のことはすべてこの本で語り尽くされている。昨今の学者が偉そうに「肉を食え」などといっているのを聞くと、片腹痛い。近藤先生の爪の垢でも煎じて飲ませたいものだ。

ところでこの棡原にもこの近藤先生が関わっている。古守先生の依頼で近藤先生がこの地域を調査して、はじめて日本有数の長寿村と認定された。そしてこの村にも長寿を支える食事があった。

「つまり今食べている食事が棡原の長寿を作ったんだ。医学の発達はほとんど関係ない」

日本人の寿命は医学が発達したからと言う話はよく耳にする。しかしそうではないという。その証拠に、長寿村の多くが不便な場所で、無医村も多い。棡原村も古守先生が入るまで医者はいなかった。にもかかわらず、戦前に代用教員として赴任した頃には90歳、100歳のご老人がこの村にはごろごろいたし、元気で働いていた。一方、先進国や都会には医者が沢山いるが病院は病人で一杯だ。このことからも健康と医学は無関係だと、刺身こんにゃくをクチャクチャと噛みながら今村光一はいう。

この村の老人は高齢にもかかわらず元気に働いている。“ぴんぴんころり”がこの村の老人の特徴だそうだ。

「ほらこの民宿にもその生き証人がいる」

この民宿のおじいちゃんの石井玄房さんは当時92歳だった。遅れて着いた私より2人が一足先にこの民宿に着いたとき、留守番として出迎えたのがこのおじいちゃんだったという。

「耳は遠くなったらしいが、腰も曲がっていない。2年前まで毎日畑に出ていたようだ」

翌日、出発前に私も玄房さんに民宿の玄関で出合った。

新しい本はこの年の10月に「働き盛りの栄養学」というタイトルで経済界から出版された。「今の食生活では早死にする」を出した同じ出版社だった。

「柳の下ですね」というと、「まあ、そういうことだ」と笑ったが、結局、泥鰌はいなかった。本の写真のなかに私が写した玄房さんと小野寺さんの写真が載っている。34年前の懐かしい思い出だ。

(ヘルスライフビジネス2015年10月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第37回は5月16日(火)更新予定(毎週火曜日更新)