いっぱしのニューヨーカーになった気分(46)

2023年7月18日

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マンハッタンは、ハドソン川とイ-スト川に挟まれた中洲の島だ。ウォール街やツインタワ-ビルで知られる中洲の先端部はローアーマンハッタン、ハーレムなどがあるセントラルパークより北側はアッパーマンハッタンと呼ばれる。私たちが歩き回ることになったエリアは、ちょうどその真ん中のミッドタウンだった。

この町は碁盤の目のように区画されている。南北の路はアベニュー、東西の路はストリートという。ミッドタウンは南北には14ストリートからセントラルパークの南端の59ストリートまで。東西はイ-スト川からハドソン川までである。

このエリアにはエンパイヤステートビル、ニューヨーク近代美術館、ロックフェラーセンター、国連本部、カーネギーホール、タイムズスクエアなど名だたる名所がひしめいている。最近注目されている共和党候補トランプさんのビルもこの一角にある。東京駅に当たるペンシルバニア駅、グランド・セントラル駅などもこのミッドタウンにある。

打ち合わせが終わると、地図を片手にそれぞれマンハッタンの街に出た。と言いたいところだが、下手に地図を広げていると、観光客だということが分かってしまう。強盗の餌食にならないとも限らない。ショルダーバックをしっかり抱えながら、歩道の真ん中を険しい表情で歩き出した。

それにしても、見上げるとビルは遥か上空まで伸びている。摩天楼とは先端が空に届きそうな建物のことだそうだが、そうしたビルの連なりがマンハッタンだった。思わず「オン・ザ・サニ-サイド・オブ・ザ・ストリ-ト」の歌詞の一説を思い出した。

「もし無一文になったって 気分はロックフェラ-みたいに金持ちになれる

足下に落ちた塵だって いつかお金に変わるさ

陽のあたる道を歩いていれば」

歌の通り、20代の私にはお金も財産もまるでなかった。それでもズボンのポケットの20ドル札をぎゅっと握りしめると、自分の未来は洋々だというまるで当てのない希望で胸は一杯になっていた。

しばらく歩くとビタミンショップを見つけた。昨日視察で立ち寄った「ロイス・レーン」という店だった。店名はスーパーマンの恋人の名前だ。客はスーパーマンのようなパワフルな男たちとでもいうのだろうか。

小さな店で、中に入るとレジの黒人のお兄ちゃんが愛想よくニコリとほほ笑んだ。何か話しかけられると厄介なので、急いでレジから遠ざかった。それでも暇なのか、親切なのか、商品を見ていると近寄ってくる。移動しても付いてくる。万引きでもすると思っているのだろうか。知らぬ顔をしていたが、向こうのほうから話しかけてきた。

「Can I help you find something?」という。本場の英語だ。なにかお探しでしたら、お手伝いしましょうかといった意味だ。JTBからもらった旅行の手引きに書いてあった。その答えは「No, I`m fine. I`m just looking thanks」だった。大丈夫、見てるだけなんで…、といったところだ。そういうと人の良さそうなお兄ちゃんがうなずいた。やった!英語が通じた、と胸をなでおろしていると、お兄ちゃんはまだそこにいる。そして何か言い出した。何を言っているのか、分からない。仕方がないので、「I`m a tourist. I can’t speak English 」というと、気持ちが楽になった。もうなんでも良いからしゃべろうと開き直った。こちらは英語を中学、高校、大学と長年やってきた。ただしゃべったことないだけだ。

「Do you have a TOFU ICE?」というと、やはり通じる。あると言う。この店は「トウフティー」という豆乳を使ったアイスクリームがニューヨーカーの間で評判の店だと聞いていた。2ドルを払って、「Have a nice day!」という声に送られて店を出た。コーンに入った豆乳アイスを片手に肩で風切って歩く。なんだかいっぱしのニューヨーカーになった気分である。

(ヘルスライフビジネス2016年3月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第47回は7月25日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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