展示会のお客はフーデックスから頂き(74)
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昼に事務局で弁当を食べながら集客の話になった。午前中の客の入りはまずまずだったが、午後になって客足はピタリと止まった。それもそのはずだ。展示会を開催するための雑事に追われて集客など考えたこともなかった。開きさえすれば、客は自然とやって来るものだと思っていた。始まったばかりの展示会で、誰も知らないのにだ。
「後の祭りだ」と葛西博士はいう。津軽人気質はおしゃべりで粘り強いそうだが。この男のおしゃべりは当たりだが、粘り強いは外れだ。なんせ諦めがやたらに早い。
とにかく会期は3日間だ。客が来なかったら大変なことになる。こっちは江戸っ子だから粋でいなせじゃないが、気が短くてせっかちだ。編集長にいって、緊急会議を招集することにした。ところが集まって、いくら考えてもアイディアが浮かばない。
大の男が4人も揃ってため息ばかりついている。見かねた清水社長が助け舟を出した。この展示会の設営業者だが、会社を立ち上げたばかりで、この展示会は独立して初めての大きな仕事だった。こちらにとってもそうだが、清水社長にとっても、是が非でも成功してほしかったに違いない。それでスタッフが事務局に詰め、主催者に代わって運営を取り仕切ってくれていた。彼らには展示会の運営はお手の物だった。「ドーンと大船に乗ったつもりで任せて下さい」と言われ、揺られて居眠りしているうちに展示会が始まったというわけだ。
「この段階でできることは2つあります」と清水社長はいう。一つはマスコミの活用だ。テレビならニュースで取り上げてもらえば数時間後には集客に影響が出る。日刊の新聞なら今日記事を書けば明日の朝刊に間に合うという。
「どうしたらいいですか」と編集長がいうと、「任せてください」と清水社長はニッコリ微笑んだ。確かに大船だと感心した。ところが打つ手はさらにあった。
「そうそう。まだ最終の手段がある」という。聞くとマイクで客を呼び込むという。しかしそれを使うと、展示会場から怒られる可能性がある。
「でもそれは私どものほうで引き受けます」というと、事務局の奥の方を指さした。そこには手持ちの拡声器がいくつか置いてあった。あれを使って外から客を呼んで来いということだ。気が回るというよりも、このことを想定して最初から準備していたのだ。
当時晴海には南館を含めてこの展示会場には7館あった。この大半を使って同時期に開催されていたのがフーデックスで、日本最大の食品の展示会だけあって会期中は10万人近いお客が訪れるといわれていた。外を見ると確かに大勢の人がぞろぞろと歩いている。こちらの客は大していないのだから、大半がフーデックスのお客だ。だとすると、食品関係の会社の人たちだ。健康食品に興味を持つ人が結構いるはずだと思うと、俄然ファイトが湧いてきた。
ということで、私や葛西博士な3名が“呼び込み決死隊”として拡声器を持って外へ飛び出た。3方に分かれて拡声器を握った。
「こちらは健康食品の展示会を開催中です」「日本を代表する健康食品の会社が出ています」と盛んにがなると、こちらに顔を向ける人、なんだろうとやって来る人。展示会に気付いて次第に南館の入り口に向かう人の数が増えって来た。
交代して事務局に戻ると、夕方にテレビ局が下調べに来るという。思わず手をたたく人、万歳をする人、事務局内は沸き立った。早速マスコミ対策が功を奏したようだ。
「木村さん、それより日清の正田さんが明日来るそうだ」と清水社長がいう。会場内で編集長を見つけて聞くと、日清製粉の正田栄三郎会長のことだという。現皇后の美智子さまの実父である。さあ大変なことになった。
(ヘルスライフビジネス2017年5月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)