クロレラの出来に台風の影響があります(82)

2024年3月26日

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私と岩澤君を乗せた飛行機は台北空港についた。アナウンスでは中正国際空港という。これが正しい名前らしい。中正とは蒋介石の本名で、介石というのは字(あざな)だ。近代中国の国父の孫文は中山と号していたから、蒋介石の中正という名前は後継者に打って付けでもあったわけだO

空港の税関を出ると、出迎えの人や旅行社の人などが沢山たむろしていた。そのなかに「〇〇クロレラ公司 木村さん、岩澤さん」と書いた紙を持って待っている人がいた。近づくとニコニコして頭を下げた。

「王さんですか」というと、「そうそう」という。クロレラの会社から迎えの人が来ていると聞いていた。私の名刺を出すと「キームラさんですね」と、やや抑揚がおかしい。しかし何とか日本語が話せるようで、まず一安心だ。「車連れてきます」といってどこかへ消えた。

表に出ると、亜熱帯特有のむっとするような熱気に包まれた。日差しも強い。しばらく待っていると、近づいてきた車のドアが開いて王さんが手招きをする。乗り込むと運転手と王さんが前の席に陣取っている。「市内までは50分ね」と王さん。そして運転手に中国語で何か言うと車は走り始めた。空港から市内までは高速道路がある。それを猛烈な勢いで飛ばす。

「会社着いたら謝社長が待ってるねェ」という。時計を見ると、すでに12時を超えている。「腹減りましたねェ」と岩澤君。王さんに聞こえたようで、食事はその後だという。そして食事の後は中歴工場の見学だという。結構忙しいそうで、ホテルに入るのは夕方になりそうだ。

高速に入ってだいぶたった。外の景色にも飽きてきた頃、左側の小高い山を背景に赤い中国風の建物が建っている。「あれは円山大飯店ね」と自慢そうだ。この時期の台湾を代表するホテルだったようだ。高速道路を降りて、国内便の空港になっていた松山空港の近くを通って、車は市内に入った。住所は南京東路二段とかいった道の辺りだったはずだ。オフィス街なのだろうか、歩道には頻繁に人が行きかっている。

1階でエレベータに乗り、会社のあるフロアーに降りると、70坪程度の事務所に10名くらいの事務員が机に向かっている。王さんが女性に何か言うと、奥の机に座っていた初老の男性のところに知らせにいった。

そのメガネの人は私たちの方に顔を向けると、ゆっくり立ち上がった。
「ご苦労様です。社長の謝です」と流ちょうな日本語で切り出す。名刺には総経理と書いてあった。
もう一人後から社長よりお年を召した人が名刺を持ってきた。董事長と書いてあった。あとで調べると会長に当たる方のようだ。応接間に通されて、我々と応対したのは社長の方の謝さんだった。ニコニコしているがメガネの奥の目が笑っていない。後年知ったが出身が銀行家らしく抜け目ないビジネスマンといった印象だ。

「台湾は暑いでしょう~」と開口一番いう。今年は例年になく暑い年で、それで何度も季節外れの台風に見舞われた。
「その影響があります」とクロレラの出来をいう。
台風の雨に祟られて、日照時間が短くなる。そうすればどうしたって出来が悪くなるわけで、原料価格に跳ね返る。天気の話かと思っていたら、知らぬ間に商売の話が始まっていた。

「じゃあ、来年の原料は高くなりそうですか」というと、わが意を得たりとばかりにいう。
「そうなんです」と。

このままだと、10%は減産しそうだ。ということはほっといても原料相場は10%値上がりするというわけだ。
「1割は上がるでしょう」と謝さん。

何も知らない駆け出し記者2名は、これでころりと謝社長の術中にはまった。

(ヘルスライフビジネス2017年9月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第83回は4月2日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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