戦後、薬事法は米国の法律を真似たものになった(108)

2024年9月24日

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「今の薬事法は戦争に負けたことが大きく影響しているんだよ」と上田さんは意外なことを話し始めた。

日本の薬事法の元は明治23年に出来た「薬品営業並びに薬品取り扱い規則」に始まる。この年は明治憲法が発布された年で、国家としてさまざまな法律や規制が作られた。この規則も実質的には「法律」なのだそうだ。これが大正3年に「売薬法」になり、昭和18年に初めて「薬事法」になった。

それまでの日本の法律はドイツ法を下地にしていたが、太平洋戦争が終わって、GHQ(連合国最高司令官総司令部)統治下で日本国憲法が公布されるに従って、薬事法は米国の法律を模倣したものになった。

「戦争に負けるということはそういうことだよ」と上田さんは忸怩(じくじ)たる思いがあるようだ。というのも上田さんは戦争中、陸軍の軍人だった。といっても、鉄砲を担いで戦場を駆け回るたぐいの普通の兵隊ではなく、そろばん片手に物資の工面をする経理畑の将校だった。それで戦はしなかった。といって、“鬼畜米英”から祖国を守る気持ちは変わらない。そろばんで戦ったのだ。

ところが戦争が終わって、万事が米国式になった。そうなってみると、悪いことばかりではなかった。むしろよい面も多くあった。今から思うと、薬事法もその一つだという。

「戦後の薬事法は米国のFDC法を真似たものだ」という。連邦食品・医薬品・化粧品法で、英語ではFood、Drug and Cosmetic ACT(FDC法)のことだ。この法律の2章に医薬品の定義がある。

「これが面白い」

この定義は日本の薬事法とほぼ一緒だという。医薬品とは合衆国局方という薬のリストに収載されているもの、そして病気の診断、予防、治療を目的にしたもの、身体の構造・機能に影響を及ぼすものの3つだ。ただし3つ目の身体の構造・機能に影響を及ぼすもの後に「食品は除く」とある。身体の構造や機能に影響を及ぼすものは、医薬品だけではなく、食品にもあるという意味だ。

そしてこの「食品を除く」は戦後に日本の薬事法が出来たときにも付いていた。それが昭和35年の薬事法大改正で取り除かれたのだ。これが健康食品問題の起こる淵源になっているという。

ところがこの改正薬事法が施行される前の翌年の2月に「薬事法の施行について」という通知が出ている。このなかにこんな文章があると、見せられたコピーには以下のように綴られていた。

「旧薬事法第二条第四項第三号の『(食品を除く。)』及び同項第四号の『前各号に掲げるものの構成の一部として使用されているもの』の規制が削除されたが、これはいずれも解釈上当然のことと考えられたためであって、この規定の削除によって医薬品の範囲が従来と変わるものではないこと」

つまり食品が身体の構造・機能に影響を及ぼすことは当然のことだからで、(食品を除く)を削除したので、解釈上はまだ付いているということだ。

とここまで話すと、「疲れたねえ」時計を見上げた。いつの間にか夕方になっていた。「今日はこの辺りにしよう」というと、台所からウイスキーの瓶を持て来た。

「君は行ける口だろう」

ショットグラスに酒を注ぎ込んだ。イギリスのスコッチのようだが、銘柄は分からない。しかしそこそこの高級酒には違いなさそうだ。顧問をしている会社から送られて来たが、心臓を悪くしてからはあまり飲まない。増えちゃってしょうがないから、気兼ねしないで飲めという。口に運ぶと焦げたような香りが口いっぱいに広がった。

「美味しいですね」というと、上田さんも飲み始めた。心配そうな顔をしていたのだろう、「平気だよ、少しくらいなら」と聞きもしないのに言い訳を始める。それで私も言うのを止めて、3杯頂いた。

(ヘルスライフビジネス2018年10月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第109回は10月1日(火)更新予定(毎週火曜日更新)