来年3月に日本に行きます(155)

2025年8月19日

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森重さんは診療中だった。それで電話には出られないという。今村光一は後で連絡が欲しいと言って切った。すると数分しかたたないうちに電話がかかって来た。ベストセラー作家の威力である。

その今村光一がポーリング博士を日本に招きたい旨を大まかに話してくれた。そして「その会社の人が来ているから」といって私に代わった。ところが電話に出ると、いきなり「君は誰だ」と強い調子で言う。若造が出たので驚いたのかもしれない。新聞社の者だと告げると、「君は社長か」と聞く。それで了解した。若造の下っ端ごときが相手だと分かってムットしたのだろう。

それで「正式には社長の方からご挨拶させて頂きます」というと、「もういい」とご立腹のようだ。それでも来年の3月に日本で講演をしてもらいたいので、博士に橋渡して頂きたいと言うと、詳細は文書で送れという。

話がどうもぎくしゃくしていて、ちょっといやな感じである。やってくれるのか、くれないのかもよく分からない。それで「頼んでいただけますか」と言うと、「そうしてもらいたいんだろう!」と言う。ちょっと癪に障ったが、それでも下手に出て、「可能性はありますか」と聞いてみた。

これがプライドを傷つけたのか、語気を強めて「私はポーリング先生の弟子だよ、弟子!分かりますか、弟子」と言い放った。私が頼んだら来ないわけはないと言いたいのだろう。

ところが話の最後に「まあ、なんとかやってみましょう」と言って電話を切った。なんだかずいぶんと自信がないように聞こえた。

「平気ですかねェ、あの人」と言うと、今村光一は「心配ないよ。弟子だ、弟子だと言っているんだから」何とかするだろうと言う。確かにこれで呼べなければ森重さん、確かに沽券に関わることになる。

「それにしてもよくポーリングを呼ぼうなんて、よく考えたなァ」と珍しく褒められた。ビタミンCの話を聞いたら、厚生省や日本の学者は度肝を抜かれるだろうと嬉しそうな顔をする。マクガバンレポートもそうだが、この人は世の中が驚くようなことが大好きだ。付き合うに従ってそう思うようになった。そしてそのことをもって、世の中を変えようとしているようだ。

後年の話になる。組織嫌いの今村光一がある時期に玄米菜食に興味を持った。そのためこの普及してきた日本綜合医学会という団体の理事になった。元を正せば二木謙三という東京大学医学部の教授で細菌学者として高名な先生が立ち上げた団体だ。

この学会は毎年秋に大会を開く。このメインゲストとしてイギリスのチャールズ皇太子を呼ぼうと提案したことがある。今村光一は本気だった。しかし理事たちはまともに取り合おうとはしなかった。

しかしこれは根拠のないことではない。今村光一はマックス・ゲルソンの本を翻訳して以来、がんの栄養療法にどっぷり浸かっていた。イギリスのブリストルがんセンターを日本に紹介したのもこの頃だった。この病院は栄養療法などの自然な療法でがん治療に当たるイギリスの病院で、名誉院長がチャールズ皇太子だった。

皇太子は自ら有機農業の牧場を持ち、代替医療にも関心が高いことを今村光一は知っていた。だから玄米菜食とがんがテーマならチャールズ皇太子が来る可能性があると思うのは不思議ではない。結局、今村光一の主張に折れて、理事会は招聘を了承した。

もちろん理事の誰もが来るわけがないと思っていたし、結果もそうなった。しかし思ってもみなかったこともあった。招聘の手紙を出してかなり立って忘れかけた頃に、返事が届いた。チャールズ皇太子の秘書からだった。そこにはこんなふうに書いてあった。

「ご招待いただきましたが、今回はスケジュールが入っているので、伺えないことを残念に思います」

そしてサインがあった。残念ながらチャールズ皇太子のものではなく、秘書のサインだった。それを見せられた私はなんでもやってみるものだと改めて思ったことを思い出す。

さてポーリング博士の件だが、10日ほどして森重さんから返事があった。もちろん下っ端の私ではなく、社長の園田さんにである。そして幸いにして「承知しました」との返事だった。

(ヘルスライフビジネス2020年9月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第156回は8月26日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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