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予防は感染症から成人病に転換(150)
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第2次世界大戦前には結核や胃炎などが死因の多くを占めていた。感染症である。ところが戦後、特に昭和30年以降に様相が一変する。がんや心臓病、脳血管疾患は三大成人病(生活習慣病)と呼ばれ、死因の上位を占めるようになった。世の中が豊かになるにつれて、感染症の時代から生活習慣病の時代になったのだ。感染症に勝利を収めた現代医学が成人病には無力だった。ワクチンも抗生物質も効かないのだ。
しかも「成人病は静かに忍び寄り、気付いた時にはほとんどが手遅れ」という渡辺先生の言葉を聞いた時はまだ実感はなかった。しかし筆者も高齢者の仲間入りをして、最近身をもって感じられるようになった。幸いにして自身の身体はまだ健康だが、60半ばまでに友人ががんや脳血管疾患に罹って次々に亡くなった。病気になって1度は治ったように見えても、まるでモグラたたきのように病気を繰り返し、結局亡くなって行く。学生時代から仲の良かった友人4人がすでにこの世にいない。
「成人病の時代には予防しかない」と先生は講演で強調した。
病気を予防や寿命を延ばすことや身体的・精神的な機能を増進する医学を公衆衛生という。感染症の時代の公衆衛生はあくまでも細菌やウイルスなどの感染を防ぐことだった。しかし世界の先進国では成人病に罹る人が多くなっていた。このためこの対策に移りつつあった。先生の講演は続く。
「実は世界が新たな予防医学に舵を切ったのは1970年代からだ」
1974年カナダのロランド保健大臣が「ロランド報告」を出した。これはそれまでの疾病予防が健康増進へと重点を移す宣言でもあった。それまでの宿主と病因という病気を決定する要因を、細菌やウイルスといった単一特定病因から食事や生活習慣など長期にわたる多数の要因による病気に移りつつあった。このためこの報告では予防は感染症から成人病に転換せねばならないことを明らかにした。
これに呼応するように、1978年に世界保健機関(WHO)のマーラ事務局長は、カザフスタン共和国の首都アルマータで開かれた第一回アルマータ・プライマリー・ヘルスケアに関する国際会議で宣言を採択、公衆衛生の重点をプライマリー・ヘルス・ケアに移すように提唱した。つまり世界の保健・医療を予防重視に改めることを打ち出したのだ。
さらに1977年に米国上院は「マクガバンレポート」を明らかにした。これは現代病の原因は誤った現代の食事にありとするもので、栄養についての知識のない現代の医療では治せないと結論付けた。さらに医学部での栄養教育の義務付けと、栄養を重視した医療への転換、さらに国と食品産業が手を組んだ健康運動を展開する必要を指摘した。さらにこの委員会でダイエタリーゴールを出して、官民挙げての国民運動を呼び掛けている。これを受けて1979年には米国の健康福祉省(DHHS)は10年間ごとに健康の目標を掲げた「ヘルシーピープル」で国民運動を開始した。
こうした中、1981年にはドールとビトー博士の「がんを避け得る要因」という論文が発表した。この中でがん発生の要因として食事が35%、喫煙が30%などと指摘され、がんの予防に大きな影響を与えるようになった。
1982年には米国国立科学アカデミーが「食事とがん」の報告書を出した。この中で食習慣が関わる割合は男性30~40%、女性60%で、食事中の肉、家禽、卵、乳製品、精製炭水化物を減らし、全粒穀物、野菜、果物の量を増やすことで予防することを奨励している。
さらに1983年にはβカロチンなどの投与によるがんの予防効果を明らかにするための大規模な介入試験「化学予防プロジェクト」が開始されていた。
(ヘルスライフビジネス2020年7月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)