専門店は商売と運動の2足のワラジ(12)

2022年11月29日

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当時、「腸内造血説」ということがいわれていた。これは血液ができるのは骨髄の造血細胞だという学説を真っ向から否定するものだ。聞いた瞬間、「怪しい」と思ったが、必ずしもそうではないらしい。元岐阜大学教授の千島喜久男博士が提唱したらしい。お茶の水クリニック院長の森下敬一博士も提唱者の一人で、千島・森下学説ともいっていた。

食物を食べると消化され、腸の絨毛上皮細胞で赤血球ができる。この赤血球から体細胞が出来るという説だ。つまり食べ物の質が悪くなると、血液の質が悪くなり、人の健康にも悪い影響を与える。だから良い食べ物を食べることは良い血液をつくることになり、健康な細胞、つまり健康な身体つくることができるという。それで森下博士は森下流の玄米・菜食の食事療法の普及を進めていた。

取材先の店主で「森下先生のところで勉強しました」という人がかなりいた。その頃、森下フードコンサルタントという講座があった。その講座で勉強して資格を取って店を開いた。

店のお客の大半は健康問題で悩んでいる人だ。その人たちの相談に乗る必要があった。そうでないと、お客が店に来てくれなくなる。玄米・菜食などの食養生から、添加物や農薬などの食の安全、はたまた公害問題までさまざまな情報を提供する。つまり健康やライフスタイルの改善を推進する健康運動という役割をお店は持っていた。フードコンサルタントはそれに権威を与える格好の資格なのかも知れない。

東京郊外の裕福な住宅地の店に取材に行った。店主はインテリっぽい主婦だった。店舗は自宅の玄関を改装したもので、客が2人も入ればいっぱいになりそうな店だった。子供の病気が原因で自然食を始めたので、無添加食品や無農薬の食品などをそろえて店を始めた。お客は似たような問題に悩む若いお母さんのお客が多かった。取材の最後に売り上げを聞くと顔が曇った。

「私どもは商売ではありません」という。

健康運動でお金もうけが目的ではないという。売り上げが少ないことが原因なのか、健康問題でお金をもうけることに罪の意識を覚えるのか、とにかくこうした言い方をする人が多かった。取材を続けるうちに慣れっこになった。それで「お金をもうけないと、運動を継続することも、多くの人に普及することもできませんよね」と生意気なことを言うようになった。当時の健康自然食品店の平均月商は100万円程度だったと思う。今でも思うが、「武士は食わねど高楊枝」ではだめなのである。

一方、宗教的な使命感などから自然食の店を開いている方も少なくなかった。北海道の札幌に朝木成幸という方がいた。全健協の北海道の総支部長をしていたので、年に何度か東京でお会いした。札幌の豊平で弘朋食品という名前の自然食品店をやっていた。札幌出張の折に店に寄った。店頭には野菜が多かった。有機農法の野菜かというと自然農法の野菜だという。後で知ったがこれは世界救世教が推進している無農薬の農法だった。違いは農薬を使わないだけではなく、有機肥料も与えない。さらに除草しないし、耕すこともしない。野菜を本当に自然な状態で育てる。朝木さん自身が救世教の信者だったこともあってこうした野菜の取り扱いに熱心だったのだろいう。

こうした店主たちの中で今でもお付き合いしている人がいる。当時、恵比寿の駅に程近い場所で健康自然食品の店「にんじん屋」をやっていた。店主はなかなかの美人で、年は40歳だということだった。名前は田耕邦子さんで、元は美容師だったそうだ。この業界では月並みだが、身体を壊して玄米菜食を始め、この仕事をすることになった。ところが健康を回復した後は肉も食べるし、酒も飲むという。なかなか豪快な女性で、商売と運動の2足のワラジを履いていることに悩んだ形跡がない。取材が縁でお酒を飲みに連れて行ってもらった。確かにいっぱい飲んでもビクともしない。後に卸業に転じて成功、今では神奈川県の逗子の高台の大豪邸で暮らしている。

(ヘルスライフビジネス2014年10月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第13回は12月6日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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