大化学者のポーリング博士がなぜビタミンなの?(25)

2023年2月28日

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それまでポーリング博士という名前を聞いたことがなかった。同僚の言うにはノーベル賞を2つも貰った大学者だという。

「なんたって20世紀で最も重要な化学者の一人と言われる人だ」という。

彼も道半ばでしがない新聞屋に身を落としてしまったが、元を辿ればれっきとした国立大学の農芸化学で大学院まで進んだ化学研究の徒だったこともある。興奮するのも無理はない。

この博士の正式な名前はライナス・カール・ポーリング。アメリカのオレゴン州のポートランドに1901年に生まれた。父を子供の時に失い、苦学生としてオレゴン州立大学を卒業している。長じて量子学者、生化学者として大成し、1954年には「化学結合の本性、ならびに複雑な分子構造研究」でノーベル化学賞を受賞している。

一方、第2次世界大戦を契機に平和運動家となり、原子爆弾の開発を推進したマンハッタン計画への参加を拒否、1950年代に吹き荒れたマッカーシズムによる赤狩りの対象とされても屈せず信念を貫いた。さらにアインシュタインやバートランド・ラッセルなどの20世紀を代表する知性たちとともに、核兵器の廃絶と化学の平和利用をうたった「ラッセル=アインシュタイン宣言」に署名した11人のメンバ-の一人として知られている。そして1962年には地上の核実験反対運動により2つ目のノーベル平和賞が与えられている。

「そんなすごい大先生がなんでビタミンCなんだ」

ビタミンCと言えばシミ、ソバカスにタケダの「ハイシー」だ。まさかがんでもはないだろう。

「そこがすごいところだ」と説明する。

この博士の関係した学問の範囲は驚くほど広い。無機化学、有機化学、金属学、免疫学、麻酔学、心理学、弁論術、放射性崩壊など多岐にわたる。といわれても科学の分野をさぼり続けてきた文化系の私にはなんだか分からない。しかしこうした学問の探求のなかでビタミンと関わることになる。

ポーリングは1951年に分子医学という講演をしている。この頃、精神疾患の原因に酵素の機能障害があるのではと考えていたらしい。そうしたなか1965年にエビラム・ホッファーの論文に出会う。「精神医学におけるナイアシン療法」である。

このカナダの精神科医のホッファー博士はビタミンで統合失調症、うつ病、神経症などの精神障害を治していた。博士はこれらの精神的な疾患が血糖異常の低血糖と関係することを突き止めた。血糖を上げる働きをするノルアドレナリンのカテコラミンの代謝産物のアドネクロムが妄想、幻覚、幻聴などを引き起こす。ホッファー博士は統合失調症をはじめとする精神疾患の患者にビタミンB3(ナイアシン)などを大量投与していた。

この大量投与のナイアシンの量はけた外れだった。米国において国の摂取基準は成人男性で16mg 、成人女性で14mg とされる。ホッファー博士が投与するナイアシンの量は1gから最大16gまでというべらぼうな量だ。もちろん患者の状態に応じて投与量は変わるが、並みの栄養学者ならびっくりするくらいの量だ。

ポーリング博士はこのホッファー博士のナイアシンの大量投与からビタミンCの大量投与を思いつく。そして分子矯正医学(オーソモレキュラーメディスン)を提唱するようになる。

(ヘルスライフビジネス2015年4月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第26回は3月7日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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