健康食品が「46通知」で取り締まられていた(58)

2023年10月10日

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米国ツアーの報告でまだ文京区千駄木の渡辺邸にいる。
「葛西君はこの問題に詳しいようだね」と渡辺先生が言うと、博士は我が意を得たりとばかりに話し始めた。

当時は「46通達」とも呼んだりしていたが、後に「46通知」という言い方になった。しかしこれは通称で、昭和46年(1971年)6月1日に当時の厚生省の薬務局長が出した「無承認無許可医薬品の指導取り締まりについて」という通知のことだ。この通知で初めて医薬品と食品を分ける「医薬品の範囲に関する基準」が示されている。

これは"食薬区分"といわれるもので、医薬品の範囲を定め、その範囲に入らないものが食品で、入るものは本来医薬品の承認許可が必要で、これがない場合は薬事法に違反する無許可無承認医薬品、平たく言えば"ニセ薬"として取り締まられている。ここでいう食品とは通常の食品ではなく、錠剤やカプセルの形をした健康食品のことだった。

「ところがこの通知を業界の人でも良く知らない」と博士。
そこまで聞いて、思い出した。ちょっと前に、知っている会社の社長が捕まった。

ある朝、混雑する西武新宿線の中で小さくたたんで新聞を読んでいた。
社会面に「ニセ薬で一億円荒稼ぎ 新宿区の健康食品会社社長を逮捕」という見出しが目に入った。会社と社長の名前で思い出した。1年ほど前に事務所を訪ねたことがあった。取材と広告のお願いをするためだ。

事務所は西新宿のマンションの一室。社長と事務の女性、それに若い営業マンの3人だけの会社で、初老の人の好さそうな社長だった。事業を始めたきっかけは、医者で治らなかった病が健康食品で治ったという自分の体験だった。

それまでは会社勤めをしていたが、それを境に健康食品の販売を始めたそうだ。事務兼経理が奥さん、営業は親戚の息子で、ほとんど個人商店のようだった。

健康雑誌の広告を出すようになってようやく仕事になり始めたと言っていた。資料をもらうと、自分の体験も含めて、効能効果が書いてある。「これ平気ですか」ときくと、社長は薬事法そのものを知らなかった。

「気を付けないと、取り締まられますよ」というと、どうしたらいいか教えてくれという。それでチラシをチェックすると、パンフレットは赤字で真っ赤になった。

 「これじゃあ、何にも言えない」と頭を抱えている。パンフレットや広告に効果を書くと薬事法違反になるんですと言っても、納得しない。本当に病気が良くなるんですと言い、利用者からの手紙を出してくる。言っている私にも納得できないぐらいだから、無理もない。「薬を売っている訳ではないんですがねェ」という。

しばらくすると、思い出したように「健康雑誌の広告では平気でした」という。見ると明らかに効果をうたっている。「危ないなァ」と言ったが、それ以上言うのは止めた。せっかく売れ出したのにこの広告を止めれば、商品が売れなくなってしまうに違いない。なんか可哀想でそれ以上言えなかった。

帰り際に広告をお願いすると、「お金がないので、一番小さいやつで」とそれでも付き合ってくれた。
会社を創業して5年と言っていたから、1億円売ったとしても、年に均すと2000万円で、経費を払ったらようやく生活ができる程度のお金しか残らない。決まって使われる新聞の「荒稼ぎ」という言葉にはどうも違和感がある。知らない人はどんな悪党が人をダマして悪事を働いているかと思うことだろう。しかもこの頃の新聞は「犯人」の自宅の住所まで載せていた。記事になる段階は起訴されたばかりだ。裁判になれば無罪になる可能性もある。

しばらくして西新宿に行く用事があったので、事務所のあるマンションに寄ってみた。会社はすでになくなっていた。おそらく潰れたのだろう。

「しかしなんで食品に効果を言ったらいけないんでしょうかねェ」この疑問はやがて私にとって新聞記者としてのテーマとなっていく。

(ヘルスライフビジネス2016年9月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第59回は10月17日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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