展示会のコマ、アッという間に集まった(64)
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テレビでニュースをやっている。その中で結構美人の中年女性の記者会見のシーンが映っている。 「〝ハチの一刺し〞だな」というと、加藤さんもテレビの方を振り返った。
新宿西口に戦後の焼け跡の名残を残す俗称〝しょんべん横丁〞といわれる飲み屋街がある。正式には思い出横丁というそうだが、その一軒の店で仕事仲間の競合紙の記者と会っていた。店内にはテレビがつけっぱなしになっている。まだ早い時間なので店内に客はまばらだ。
「榎本美恵子と言ったっけ」とぽつりとつぶやいて、「あんな女を女房にしたらたまんないな」と付け足した。しがない業界紙の記者ながら、彼にはすでに嫁がいた。
ロッキード事件の丸紅ルートの公判で、10月28日に田中角栄元首相の秘書だった榎本敏夫被告の夫人だった榎本三恵子が、丸紅から5億円を受け取ったことを認める証言をした。田中角栄被告にとって決定的に不利な証言で、彼女は一躍時の人になった。後日の記者会見で彼女が「ハチは一度刺したら命を失う」と発言して、誰が考えたのか「ハチの一刺し」という言葉が生まれた。ニュースに映っているのはその時の記者会見の模様らしい。
「美人の女は得だよな」と言いながら、仕事の話になった。
「景気はどうだ」という。「ビタミンEなど結構売れているよね」というと、確かにそうだと相槌を打つ。相手がどの程度の情報を持っているか、腹の探り合いだ。
続いて「クロレラはどうか」という。この年に厚生省のフェオフォルバイドの基準が出た。
この淵源は1977年(昭和52年)まで遡る。この頃クロレラはブームの頂点にあった。ところがこれを摂った人が日の光に当たると発疹が出るという問題が持ち上がった。業界では「ケンビクロレラ事件」と言われるが、これにより200億円あったクロレラ市場が壊滅的な打撃を受けた。
当時の健康食品市場はクロレラ、ローヤルゼリー、高麗ニンジンの3つで市場の大半だった。この一角が打撃をこうむったわけだから、健康食品市場全体が一気に冷え込んだ。といっても私たちはその頃はこの仕事についていなかったので事件のことはほとんど知らない。私が新聞社に入った1979年の初め頃はまだその影響が残っていた。広告のスポンサーがだいぶ減っていた。
このクロレラを摂るとなぜ発疹が出るのかを誰も知らなかった。ところがクロレラに含まれる葉緑体が製造工程に分解され、フェオフォルバイドという物質ができて、これを一定値以上含んだクロレラを摂って光に当たると光過敏症になるということが後で分かった。それでフェオフォルバイドの含有量を一定値以下に抑えることになり、この年の5月に決着を見たわけだ。
だからと言って急に売り上げがよくなるわけないというと、「確かにそうだ」と納得したようだ。
「ところでお前んとこ、晴海で展示会やるんだってなァ」と今日の本題を切り出した。つまり集まったのかどうかを知りたいのだろう。競合関係にあるわけで、集まっていないほうが良いに決まっている。ところが意外にも集め出すとアッという間に集まってしまったのだ。しかしこのときは「結構厳しいよ」と嘘をついておいた。
(ヘルスライフビジネス2016年12月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)