バーキット博士を知っているか(78)

2024年2月27日

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明治の近代小説の開祖みたいな人に坪内逍遥という人がいる。この人の代表作の「小説神髄」の冒頭には「小説は人情なり、世帯風俗はこれに次ぐ」とある。つまり小説は人情の機微を書くものだというわけだ。野尻さんとマーバラス婆のことをテーマにすれば小説らしきものになるかもしれない。しかしこちらはそんな暇はない。

さて、会社のことに話を戻す。展示会の成功で、2匹目の泥鰌を狙いたくなるのはこれも人情だ。これが失敗して、ごたごたしたしたことを書けば面白いかどうかは分からないが小説にはなる。しかし味を占めてその年の7月にホテルニューオータニで開催した小規模の展示会もまずまずの成功を収めた。

「勢いだねェ」と千駄木の顧問の渡辺先生は褒めてくれた。自分が面倒みている弟子たちの会社がうまくいっていることに目を細めた。たまには寄りなさいと言われて、文京区千駄木の渡辺邸に葛西博士と2人で訪ねた。この頃にはもうすでに事務所にしていたマンションを引き払い、自宅で仕事をしていた。

「ところでバーキット博士を知っているか」と言い出した。用向きはこのことだった。名前は聞いたことがあるような…と首を捻っていると、葛西博士が気づいた。

「マクガバンレポートに載っていました」というと、嬉しそうに「そうだ」とうなずき、「よく覚えていた」と褒めた。ちきしょう、先を越されたと、慌てて「食物繊維の…」というと、「そう、そう」とやはり嬉しそうにうなずいて話を始めた。

この博士のことは確かにマクガバンレポートを抄訳した今村光一の「今の食生活では早死にする」という本の中で紹介されていた。英連邦の顧問医として1946年から1966年まで、アフリカの奥地で医療活動に携わった。

博士は20年以上経って英国に帰って気づいた。アフリカ人の便が実に多いことだ。ウガンダの人々は一日300gから800gの便をしていた。ところが欧米人は平均100gほどだった。排泄時間もアフリカ人は約30時間だから、ほぼ毎日出る。ところが欧米人は2日から3日もかかる。

こうした欧米人の間では心臓病、胆石、大腸がん、糖尿病、動脈瘤、便秘、肥満などに罹る人がゴロゴロいた。この原因は食事の中の食物繊維にあるとことを指摘したのが、バーキット博士だった。これはたちどころに世界中で大きな反響を巻き起こした。それまで食品に含まれる繊維は腸の壁から収集されずに排せつされるので栄養素ではなく、人の身体に役に立たないものだとされていた。ところがこれが人の身体に必要不可欠なものだというのだから、世紀の大発見というわけだ。

この博士がこの年に日本学術振興会の招きで来日した。霞が関のプレスセンターで開かれた食物繊維のシンポジウムで講演したほか、東大、京大などでも講演している。渡辺先生はこの博士の講演をどこかで聞いたらしい。そして雑誌のコピーを我々にくれた。

実は博士の来日は今回2度目で、2年前の来日の時には国立栄養研究所の辻啓介氏と雑誌「栄養と料理」で対談している。渡辺先生はこのコピーを示して、大変なことが指摘されているという。読んでみると確かに日本人にとって一大事だった。そのくだりがこれだ。

 ところで、博士は、日本でも21世紀には、がんで死ぬ人の中で腸がんが一位になるだろうというように予測していらっしゃいますが…。

バーキット それは、もしこのままの食事を続けていけば、という条件つきですがね」

つまり、食物繊維の少ない食事だと有害物質が作られる量が増え、腸壁と触れる時間が長くなる。しかも繊維の少ない食事は、脂肪の多い食事になりがちで、典型的なのが欧米の食事でだという。脂肪も発がんの原因といわれているので、これも加われはさらにがんの可能性が高まる。

腸がんが日本人の死因のトップになるとの予測は、この頃日本人がしていた食事に対する警告だった。

(ヘルスライフビジネス2017年7月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第79回は3月5日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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