アルバイトに米国情報の翻訳をしてもらう(191)

2026年4月28日

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前回の続きである。実は機能性食品の制度化向けて、国の予算に検討委員会設置の予算取りを進めていた厚生省にとっては、国会でこのことが取り上げられる必要があった。どう頼んだのか知らないが、1987年11月の参議院決算委員会で鈴木省吾さんが参議院決算委員会で厚生省生活衛生局長の古川武温さんとやり取りした。これが予算取りにつながったことは確かだった。

さて話は1985年の時点に戻る。季節は夏になった。夏と言えば梅雨だが、今年の梅雨は比較的短かった。6月8日に入り、7月14日に明けた。そして炎天下が始まったが、我々はこの頃夏でも比較的過ごしやすい米国のカルフォルニアにいた。

いつもの年と同じで、米国の全米栄養食品協会(NNFA)の展示会を視察するツアーを企画したからだ。ここ数年夏はこのツアーが恒例になった。社長になった編集長は忙しいせいか今年は一緒ではない。メンバーは私の他に葛西博士、岩澤君である。もちろん企業からの参加者は20名ほどいる。展示会の場所はロサンゼルスであればディズニーランドのあるアナハイム、そうでない場合はラスベガスが定番になっていた。

コンベンションと展示会の主催のNNFAは健康食品や自然食品の専門小売店の集まりである。年1回だから全米から会員が集まってくる。展示会はトレードショーだから、商品の買い付けが目的である。国土が広いだけに、日本のように”見るだけ”の客はあまりいない。

展示している業者はツアーを始めた頃は我々日本人の視察客にもサービスしてくれていた。しかし毎年行くうちに、商売にならない”見るだけ”の日本人の客は嫌われるようになった。そして商品やパンフレットを出し惜しみするようになった。とはいえ我々は別だ。取材だと言うと、途端に扱いが良くなる。米国のマスコミの扱いは日本とは違う。

参加者は約1万人。これは会員数とほぼ同じだが、実際は夫婦で来るケースが多いようで、実際には会員数の半分くらいが参加している計算になる。なぜ夫婦で来るかというと、バカンスを兼ねている。小売店の店主ならばもっともな話だ。

ところで毎回日本に帰国すると、展示会で集めて来た資料の整理が一苦労だ。製品のパンフレットや製品そのもの、さらに試供品などを沢山くれる。業界専門誌やコンサルタントなどの出展もあり、とにかくもらった資料などバックに詰めて持ち帰る。相手は英語である。学校を卒業してから、英語と縁したことはなかった。だからいちいち辞書と首っ引きである。手分けしても1カ月はかかる。

「翻訳出来るアルバイトでも雇いませんか」と岩澤君はぼやくが、葛西博士は意に介さない。

「製品やパンフレットくらいなら自分で訳さなくちゃー」と言って、もくもくと訳している。北国生まれの根気の良さは、我々東京育ちには真似はできない。

それでも製品やパンフレットならばまだしも、雑誌となるとそうもいかない。社長の一存で知り合いのボブ・ホワイトが編集長をしていた雑誌『ナチュラルフーズ・マーチャンダイザー』誌を定期購読することになった。しかし誰が訳すのかで、大もめにもめた。それで社長も仕方がないと思ったのか、アルバイトを手配することになったようだ。

あるとき、「親戚に芸大の学生がいて、英語が得意らしいんで話したら、やってもいいと言うことだが、それでいいかい」と私に言う。ということは私に担当しろと言っているのかもしれない。米国の情報をもっと欲しいと編集会議で言った記憶はある。それで覚えていたんだろう。訳してくれるなら、もちろんいいに決まっている。それでとりあえず会うことにした。

数日して彼女はやって来た。名前は中村るい。東京芸術大学の大学院生だった。専門は美術史で、ギリシアの美術史が専門だと言う。

「変わっていますよね」と言うと、「そう。よく言われます」と言って、ニコニコしている。なんだか温和そうだ。こういう人ならやれそうだと思った。

(ヘルスライフビジネス2022年2月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第192回は5月5日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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