【連載】クローズアップ在宅医療・介護③ 竹野みはるさん

2021年9月7日

クローズアップ在宅医療・介護 第3回 ゲスト:ソーシャルワーカー・竹野みはるさん

現場の状況把握が望まれる薬剤師と栄養士

在宅医療を推進し、患者のQOLを高めるうえで非常に重要な役割を担っているのが「ソーシャルワーカー」だ。今回で第3回目となる小原道子さん(日本ヘルスケア協会・理事、岐阜薬科大学・特任教授、ウエルシアホールディングス・地域連携推進担当)の対談連載だが、今回は埼玉県春日部市を中心に活躍するソーシャルワーカーの第一人者・竹野みはるさん(所属:医療法人 秀和会 秀和総合病院)に登場していただいた。竹野さんの話を聞いていると、在宅医療においての現場主義が、患者のQOL向上に直結していくかよく理解できる。在宅医療で竹野さんはどのような視点を持って仕事と向き合っているのか。そこにクローズアップした。

(記事・写真=佐藤健太、「月刊H&Bリテイル」2020年8月号掲載、所属・肩書きは当時)

在宅医療では「前向きな気持ち」が重要

小原さん 在宅医療に様々な職種が関わっていくことは、より良い医療の提供という観点で、とても素晴らしいことだと思いますが、竹野さんはどのように捉えておりますか。

竹野さん 確かに、数年前と比較して在宅医療への理解度が高まり、以前よりも多職種が連携しやすい環境にあるかと思います。そうした意味では在宅医療は進んだと言えますが、難しさの種類が変わってきたように感じます。

例えば、多職種連携における職種間の関係づくりにおいては、1人の患者さんのために専門家がそれぞれの力を発揮していくには、何よりも「前向きな気持ち」が大切になります。そういう気持ちで集まらなければ、せっかく連携しているのにモチベーションは低下し、医療の質を落としてしまいかねません。

患者さんやご家族と向かい合い、彼らの応援団として「どのような医療がベストなのか」を考え、それぞれの職種がアイディアを出し合うことが肝要となります。中には、反射的に「それをやっていいんですか?」「こちらはできません」と後ろ向きな声を出す人がいます。なぜ多職種が連携するのか。それは1人では難しいことを効率的にフィックスするためです。多職種が遠慮せずに知恵を出し合い「できない」という考え方から「これを実現させるには」と少しでも前向きに取り組むことが、より良い在宅医療に繋がっていくと思ってなりません。

在宅医療の質を高めていくには、医療機関からの理解が不可欠になります。ソーシャルワーカーですら外出する際に、外出申請書を出し、上司の許可をもらわなければ外出できないという環境で働いている人もいます。しかし、ソーシャルワーカーは机上の空論ではいけません。患者さんの自宅など、どのような環境で生活しているのかを知ることで、さらに満足度が高い在宅医療に落とし込むことができます。

属している組織が、ソーシャルワーカーの社会的に果たすべき役割を理解していないという部分もあるかもしれませんし、それはソーシャルワーカーだけでなく、様々な職種でも同じ問題を抱えているように思います。病院薬剤師の場合も、より深く患者さんに薬剤指導をしようと考え、患者さんの背景を知るために自宅に行きたいと考えても、病院側が外出を許可しなければ外には出られません。

現場を知ることがより良い医療に直結する

小原道子さん

小原さん 薬剤師も調剤室で仕事をするだけではなく、自分たちが調剤した薬がどのように使われているのか、しっかりと頭に描けるようにならなければいけません。

以前私が訪問した患者さんの例です。独居の高齢女性で、リウマチで痛みがひどく、指もかなり変形している方でした。COPDも患っており、すでに在宅酸素の状態でした。また、服用にも時間がかかるため、服用回数を減らし、薬のセットをご本人が取りやすいように工夫することも求められました。同時に痛み止めなどの飲み薬と共に外用薬や経管栄養剤も出ていたのですが、目薬のキャップや缶のプルタブを開けることが出来ません。これは患者さんにとって致命的な困りごとです。それだけではなく(助けてもらって悪いな)(明日はちゃんと手伝ってもらえるのだろうか)という遠慮や不安で気持ちがいっぱいになったりします。そのような心の揺らぎにも是非寄り添いたいところです。薬剤師が訪問する日以外にも、患者さんを自宅で支えている家族や専門職が沢山います。そのためには調剤室で薬を作った先に、患者さんの生活場所に自分がしっかりと入り、他職種と現場で共に支える体験を重ねることが、実はとても重要だと思います。このリウマチの患者さんの場合、薬剤師は薬を見てその量や処方の仕方を見れば、自ずとその方の重症度や病気の経過が分かるはずです。とすれば、お薬を手渡すときに目薬のキャップが開けられるかどうかや、プルタブを開けることが出来るかなど、お薬を渡したその先の生活を想像できなければいけない訳です。それでこそ専門職であり、薬を渡すだけではない薬剤師の本当の役割なのだと感じます。

竹野さん ある日、研修で薬剤師さんと栄養士さんと一緒に患者さん宅に伺ったことがあります。特に薬剤師さんはむき出しの薬が床に落ちていることに非常に驚いていましたが、薬を手に取った際に、こんなにも多くの薬を落としてしまうというのは、現場を見なければ知ることができません。

ですが私たちソーシャルワーカーにとっては、患者さんの自宅にたくさんの薬が落ちているのは当たり前のことなのです。特に、足腰が弱く、筋肉が衰えている患者さんはしゃがんで薬を拾うことはできません。そうなってしまうと正しく薬を服用できない状況となり、医師が描いた経過予測とは異なった現状となります。これを危惧して、多めに薬を処方して貰ったとしても、次は逆に余ってしまうこともあります。

小原さん 特に薬が一包化されていると、落としてしまった場合にどの薬を飲めていなかったのかなど患者さんは分から無くなってしまいますね。また、検査などで一時的に服薬を中止しなくてはならなくなる場合など、自分で1包化の袋の中からたった1粒の薬を探すことはとても大変です。このような時にも遠慮なく、身近な薬剤師に声がけを頂けたらと思う事があります。現在薬に関しては「残薬問題」がクローズアップされています。が、これはヘルパーさんや訪問系の医療職からは、在宅では以前からある事だという認識で見られがちです。というのは、こうした残薬の処理が薬剤師を通じてある程度解決できるということが、多職種の方々に知られていない、情報が届いていないということなんです。これはだれがどうだという犯人捜しの問題ではなく、互いの連携が出来ていない、相互の信頼とそれぞれの役割に対する認識が薄いということを表しているように感じています。私たち薬剤師がもっと、多くの方に薬剤師の役割を知って頂く工夫をする必要がありますね。

他に服薬という観点で、竹野さんはどのような問題に直面したことがありますか?

竹野さん 嚥下能力が低下してしまい、薬を飲むことに苦労する患者さんは、どうしても「飲みにくいから飲みたくない」と薬から逃げ出したくなります。これを薬剤師さんに相談すると「同じ薬効で、小さい錠剤があります」「半分に割ることもできます」と教えてくれますが、そこまで詳しいことはソーシャルワーカーや介護従事者、ご本人、ご家族にも分かりません。在宅医療の現場では、そういう事態が頻発していることをぜひ薬剤師さんには理解してもらいたく思います。

ソーシャルワーカーから見た「在宅医療」とは

専門的な知見だけでなく、患者がどんな環境で暮らしているかを知ること

小原さん 実際は病院の薬剤師さんもお一人お一人の患者さんにあった投薬のため、一生懸命調剤しているはずなのです。これは薬剤師だけではなく広く一般の医療職にも言えることですが、私たち医療職が「生活者の視点」に目を向け始めたのはつい最近のことなのです。多くの医療現場は病院であったり施設であったりと、その方の生活する場所での診療が少なかったためです。と同時にこれまでの「外来診療」からは見えない「おうちの事情」が、とりわけ高齢化の流れの中で意識されてきたということでもあります。このことは、従来であれば飲みにくい薬でも「おうちの方が調整してくれる」ということがありましたし、誰かがやってくれているという安心感があったと思います。しかし、一人暮らしの高齢者や認知症の家族では、その調整が出来なくなっています。つまり「医療提供の先」までを意識することが求められていると感じています。

患者さんの自宅で、まさかそのような理由で飲めていなかったということは、やはり驚きでしょう。栄養士さんには在宅医療の現場でどんな気づきがあったのでしょうか。

竹野みはるさん

竹野さん 多くの栄養士さんは「電子レンジで温めることができるのだったら大丈夫」という気持ちを持っていることが多いです。

実際に栄養士さんがある患者さんの自宅に行った際、「患者さんが電子レンジから普段座っている椅子まで、熱いお皿を持ってきちんといけるのか」「そもそも電子レンジのボタンを押すことができるのか」など、栄養学的な見地だけではなく、きちんと食事を食べられる環境にあるかという深いところまで考える必要性を知りました。

その患者さんは、手が麻痺しているため一定の高さ以上に手を上げることができない状況にあります。一見、電子レンジに手が届くと判断できる高さにあっても、その患者さんの立場となれば、温められないことがわかります。ご家族と共に、ご飯を食べる場所と電子レンジの場所を変えたことで、患者さんが自身の食生活を守ることができるようになりました。

「いかに服薬の負担を減らしていくか?」薬剤師への期待

小原さん 食事は身体を作るために欠かせないものですが、同時に食べる楽しみは心の満足度も高めます。自分が自立して食べることが出来るようにする支援も含め、自宅で自立した生活を送るためには、管理栄養士などの専門職の視点が今後は欠かせないでしょう。服薬量という視点で考えると分かりやすいと思いますが、がんの患者さんや糖尿病の患者さんなど診療の継続の中で体重が変化する方はたくさんいます。実際の服薬量は標準体重を目安にして決めているので、体重が減った人や増えた人では自ずと違って当然です。しかし多くの場合、最初に処方された薬がそのまま継続しています。栄養状態が悪ければ当然薬の吸収は落ちますし、吸収の悪化は副作用などの悪影響を引き起こすことにもなります。ですから薬と栄養状態はとても大事な視点と言えます。最近では、「口を見る」ことも大事だと言われていますね。

今後竹野さんが薬剤師と共に仕事をしていく際に、望むことは何でしょうか。

竹野さん 訪問看護師さんや他のスタッフは、医師に直接交渉することはあまりありませんが、薬剤師さんは医師に直接電話をかけ、患者さんに合った服薬の提案ができるという強みを持っています。1週間に1回の薬、1ヵ月に1回の薬など多くの薬を処方されている患者さんがいて、飲む方も管理する方も大変で悩んでいたことがありました。

そこで薬剤師さんに相談すると「医師に問い合わせて、薬の回数を減らしてもらいましょう」と、医師へ気軽に掛け合ってくれます。こうした薬剤師さんの働きを見て他の職種の人たちは「薬剤師はそこまでできるのか!」と驚きます。薬剤師が動いてくれるおかげで、患者さんの服薬に対する負担が軽減し、しっかりと薬を飲んでくれるようになります。その結果、痛みが治まり、活動ができ、それが筋力低下の防止にもつながりますし、食欲が出たら低栄養の回避にもつながります。薬剤師さんが在宅医療に介在しているということは、とても心強いことです。

私たちは自身が所属する病院の医師には意見できますが、他の医療機関の医師にはなかなか意見できません。しかし薬剤師さんは「私から電話しておきます」と軽いフットワークながら、様々な職種の事情を考えながら、包括的に医薬品を管理、または剤型や服用回数の変更等に取り組んでくれるので非常に助かっています。こうしたことを考えると薬剤師は、より円滑に在宅医療を進めていくうえでの「橋渡し役」になってくれている気がします。

小原さん 竹野さんからこうしたことを評価していただけ、薬剤師として本当に嬉しく思います。調剤薬局や調剤併設型のドラッグストアは、内科や外科などに分けられていないため、全科に対応しています。地域の医療資源に応じていろいろな病院やクリニックと連携する必要がありますし、多くの医療機関から処方箋を受けることで様々なケースを知ることができます。それを通じて、病院や医師の得手不得手を知ることもできますので、これをいかに在宅医療に役立てていくかという点が薬剤師の課題であり、薬剤師の強みとしても発信していきたいと思います。これからの薬剤師の新しい役割として、個別の患者さんだけではなくその方の住む地域の課題、社会資源の使い方までを視野に入れる必要があります。そもそも「公衆衛生の専門家」である薬剤師の、古くて新しい課題と感じます。医療資源や専門職がどこにどのように存在するのか、その利用の仕方はどうすればいいのか、あるいは、広くこの地域の病気や公衆衛生上の問題がどうなっているのかなど、幅広くかかわることが求められている気がしますね。また、今後は在宅医療がもっと進むようになると思っています。そうした在宅の現場では、トータルなコーディネートというか、診療全体にわたって調整する役割が必要になると思っています。まだまだ総合医療が浸透しない中では、各専門職を冷静に観察して互いの役割を100%有効に機能できるような、コーディネートが求められます。医療チームはともすれば医師主導で進むことが多いですが、在宅の全科対応という役割には医療者でありつつ生活提案もできる薬剤師は好位置に存在していると思います。しかもその方が、地域特性の把握や公衆衛生的な視点も持つことが出来れば、薬剤師は更なる地域支援の適任者になると思っています。