田中角栄が脳梗塞で倒れた(184)

2026年3月10日

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2月27日に田中角栄が倒れた。場所は目白の田中邸で、さっそく病院に担ぎ込まれたらしい。その夜のテレビの報道番組はこの話題で持ち切りとなった。ロッキード事件で退陣したが、それ以降も100人を超える自民党最大派閥田中派を引いて政界に君臨し続けていた。大平、中曽根の2代の首相にも影響力を及ぼしキングメーカーとも言われて来たが、さしもの闇将軍も子飼いの分裂騒動には勝てなかった。この2月7日に竹下登らが創生会を設立したのだ。その分裂騒ぎの心労と深酒が引き金になったようだ。病名は脳梗塞だと言う。

「聞き慣れない病名だな」と言うと、葛西博士は流石に知っていた。脳卒中の一種で詰まるやつだと言う。何が詰まるのかと聞くと、動脈硬化を起こして細くなった血管が詰まるのだそうだ。後はよく分からないと言う。

3月1日の土曜日の午後に恒例の渡邊先生の勉強会が事務所で開かれた。案の定、勉強会は冒頭から田中元総理の脳梗塞の話になった。

脳梗塞と言う病名はそれまであまり聞いたことがなかった。というのも流行り出したのはこの10年くらい前からだそうだ。それまでは脳卒中と言うとたいがい脳溢血(のういっけつ)のことだった。溢血とは血が出ることで、脳の血管が切れて出血することを言うのだそうだ。それで脳の神経がやられて、半身不随や言語麻痺などに陥る。子供の頃からこうした後遺症の「中風」という人はたまに見かけたりした記憶はあった。

「脳卒中と言うと、以前この脳溢血のことだったが、最近は変わって来た」

渡辺先生はグラフのコピーを配った。国の人口動態統計の「主な死因別にみた死亡率(10万人対)の年次推移」と言うよく見るグラフだ。これを見るとそれまでトップだった脳血管疾患による死亡率は、1980年頃にがんが脳血管疾患を抜いて死因のトップになっている。脳血管疾患のピークは1965年~1970年頃までで、その後は下降線をたどり、心疾患にも抜かれてしまっていた。

「どうしてこうなったんですか」と聞くと、「脳卒中の中身が変わったからだ」との答えだった。つまり脳溢血が減って、かわりに脳梗塞が増えたのだと言う。確かに脳溢血は男性のピークが1960年には10万人当たり266.7人で、女性のピークは1951年213.9人だったが、1980年年代半ばには男女とも50人を切っている。

「えらい減りようですね」と言うと、「なぜだと思う」と渡辺先生に聞かれた。

「食生活が変わったから…」と葛西博士。「それも塩ですかね」と岩澤君。

「そうそう、葛西君も岩澤君も当たっている」と先生はニッコリした。つまり脳溢血は高血圧、喫煙、飲みすぎによって、脂肪やたんぱく質が少ない昔の日本食が原因で、動脈硬化でもろくなった脳の血管に圧力がかかることで血管が切れる。直接の原因になる高血圧は塩分の多い食べ物を摂ることから起こる。

「ところが脳梗塞は血管に血栓が詰まって起きる病気だ」

血栓とは血の澱みが生まれ血が固まりやすくなったところに、動脈硬化が進んで血管が細くなり、血管の壁がはがれ栓になって血管を塞ぐ。するとその先の細胞に酸素も栄養も送ることが出来なくなり、細胞が壊死して起こる障害だ。

高血圧、糖尿病、脂質異常、肥満、喫煙など以外に、飲酒習慣も原因となる。

「田中角栄は65歳で高齢だし、これに過度な飲酒が重なって、脳梗塞につながった可能性がある」

厄介なのはこの両方に動脈硬化が関わっていることだ。

(ヘルスライフビジネス2021年12月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第185回は3月17日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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