博士は「私は騙された」告白(201)

2026年7月7日

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翌日の午後から博士の講演が行われた。会場は満杯になった。講演の前に顧問の渡辺先生とポーリング博士で対談をしてもらった。1時間ほどの間だったが、渡辺先生と博士は英語でやり取りした。通訳もいたが、博士の話すことを渡辺先生はほとんど分かった。通訳を使ったのは複雑な話になったときだけだった。当然だが、ほとんどが英語で話の内容は我々にはまるで理解できなかった。

終わると、集まっていた会社のスタッフがポーリング博士と渡辺先生を囲んで一緒に写真に納まった。一枚だけだが今も手元にある。懐かしい写真だ。

そして博士が講演会場に去ったあと、「どうでした」と渡辺先生に聞いてみた。話の中身である。すると以外な返事が返ってきた。博士はメイヨクリニックの研究には騙されたと言っていたそうだ。

これは思ってもみなかった話だった。1976年と78年にポーリング博士は外科医のエワン・キャメロン博士と共に末期がんの患者にビタミンCを大量投与して延命効果を見る研究を発表した。これによると平均1年の延命効果が確認された。またこの頃、ビタミンCの大量投与で風邪やインフルエンザ、そしてがんについて効果があると言う本を書いた。ノーベル賞受賞だったこともあり、世界中で話題になった。がんについては医学界も話題になり、賛否両論で沸き返った。

ところが、1979年と1985年に米国を代表する医療機関で研究機関でもあるメイヨークリニックのチャールズ・モルテル博士が同様の設定で研究を行い、効果がないとうする論文を出した。これがビタミンCの議論に冷水を浴びせることになる。以降、医学界ではビタミンCへの関心が冷めていく。

しかし、論文は当初非公開だった。後でポーリング博士が取り寄せてみると、研究の設定が違っていた。ポーリング博士の研究ではビタミンCを経口と点滴で投与している。しかしモルテル博士の研究では経口だけだった。なぜ点滴でビタミンCを投与しなかったのか。モルテル博士が経口と点滴の吸収の違いを理解していなかったためか、それとも意図的に点滴を避けたのか分からない。

ただ、経口と点滴ではビタミンCの体内に入る量には決定的な違いがある。だからポーリング博士の研究と同じ結果は出るわけはない。今では様々な研究でそのことは解明されている。しかしこの頃はこのことを知る人はポーリング博士とその賛同者しかいなかったに違いない。

とにかく権威ある研究機関の出した結論は、ポーリング博士の信用を失墜させるに十分だった。ちなみにモルテル博士はがんの化学療法の研究者で、当時、抗がん剤の併用療法の権威となっていた国立がん研究所のビンセント・デビータ所長の「よき友」だったと言われている。この研究もこれが影響している可能性もあるかもしれない。

「ともかくビタミンCくらいでがんが良くなってもらっちゃあ困るんだよ。薬屋さんとお医者さんは」と葛西博士が言い出した。つまり高価な抗がん剤なら良いが、安くて儲からないビタミンCでは困る人たちが結構いるのも事実だ。サプリメントの歴史はこうした勢力との闘いの歴史でもある。

「記事になりますかねェ」と聞くと、なんとか私かまとめてみると渡辺先生が言ってくれた。ほっと一安心である。

「ところで、さっき会社に村上さんから電話があって、博士を借りたいと言ってきた」

村上と言うと朝日新聞の記者の村上紀子さんのことだ。葛西博士によるとなんでも国立栄養研究所の鈴江所長と対談させたいと言う。面白くなってきた。

(ヘルスライフビジネス2022年8月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第202回は7月14日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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