館山で今村光一を講師に勉強会(196)

2026年6月2日

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9月になった。千葉県の館山で社員旅行を兼ねた勉強会を開くことになった。房総半島の先端である。理由は今村光一がそこで暮らしていたからだ。

以前、山梨県の長寿村の棡原に行ったことを紹介したことがあるが、翻訳家でジャーナリストの先生である。なかでもマクガバンレポートを抄訳した『今の食生活では早死にする』(経済界)ではベストセラーになった。この米国上院の5000ページに及ぶ膨大なレポートレポートを本にするために籠った場所が館山である。しかし今村光一がそこに行った理由は仕事ばかりではない。

「なんたって釣りが出来るんだよ」と自慢げに言う。カツオ、アジ、キス、ヒラメ、ごちなど江戸前の寿司のネタになりそうな魚なら何でもござれと言ったところだ。しかも堤防や桟橋で釣れる。

「だから釣りに来いよ」と、たまに東京に来ると、編集部に顔を出して繰り返し言う。何度も言われると、言ってみたくもなる。編集長や葛西博士も同様で、それに専務の山本さんが、「それなら家のワゴン車を出しても良い」と言い出した。

山本さんは息子さんの所属する少年野球チームの監督になっていた。それでその子供たちを運ぶための白いワゴン車を持っていた。

そうなれば行くしかない。会社で行くからには何か理由が必要だ。それで編集部の勉強会と言うことにした。募集したら新聞と雑誌の両方の編集部全員が参加すると言う。総勢8名である。それに事務の女性2名も加わって、実質的な社員旅行のようになった。当然、費用は会社で持つ。

講師は今村先生で、テーマはなんでもよかったが、「ジャーナリストとは」ということにした。泊まる場所は館山の町中から少し離れた国民休暇村の館山と言うところに決めた。

「ちょっと遠いなあ」と今村光一は文句を言った。しかしこれだけの大人数が泊まれるところは館山にはそうない。「しかも南房総の館山湾に面して、そのはるか彼方に三浦半島から富士山も眺望できる」とはこの宿を採った事務の平野さんの言い分だ。それで今村光一のことはどうでもよかった。それになんといっても値段が安かった。これは社長が気に入った。

行ってみて分かったことだが、今村光一はこの時期には車の免許を持っていなかった。東京の人間には車の免許を持っていない人が意外に多い。かく言う私も持っていないが、田舎暮らしと違って、都会では交通機関が発達している。駐車するにも難儀する車は邪魔くさい。ところが館山は田舎だった。確かに車の無い今村光一には町中から6キロほどの距離では文句も言いたくなるはずだった。

途中で昼飯を食べて、休暇村に着いたのは午後だった。しばらくして今村光一がやって来た。やはり交通手段は自転車だった。翌日の勉強会の打ち合わせが終わると、「勉強などしてないで、釣りに行こうよ」とまた始まった。

翌日の午前中は勉強会で午後は自由時間だ。釣りに行くとしたらその時間くらいしか空いていなかった。ただし釣りをするかどうかは帰りの時間によると言うことになった。

まだ夜までには時間があるので、今村光一の家を訪ねることなった。車が着くと一足先に帰った今村光一が迎えに出た。すでに夕暮れで、家の中は薄暗かった。屋内の灯りにスイッチを入れたが点かなかった。

「あれッ」と言って、ソケットから電球を外したり戻したりしたが、結局点かなかった。そのとき「それ切れているんです」と言って女の人が部屋に入ってきた。手には電球らしきものが握られていた。それを差し込むと部屋中がパーット明るくなった。その女の人は奥さんの澄江さんで、背中には生まれたての有紗ちゃんを負ぶっていた。

(ヘルスライフビジネス2022年6月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第197回は6月9日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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