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加藤さんはフィリピンに行っていた(198)
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「どうしてるの?」
久しぶりに聞く声だった。電話をかけて来たのは、全日本健康自然食品協会の事務局次長だった加藤嘉昭さんだった。1年半前、40歳にして突然ジャーナリストになると宣言をして、業界を去っていた。
この頃、フィリピンは独裁者のマルコス大統領に支配されていたと言うと、「突然なに!」と読者は思うかもしれないが、実はこれが加藤さんと関係しているとはこの時はまだ私も知らなかった。この独裁に反旗を翻して、米国に亡命していた政治家にベニグノ・アキノがいた。1983年3月に「命の保証はない」との警告にも関わらず帰国し、フィリピン空港で暗殺された。
このときアキノに同行していていたのが、ジャーナリストの若宮清だった。彼はこの事件の現場にいて一部始終を見ていた。それで帰国後、連日マスコミに引っ張り凧になった。この人が新たな国際的なジャーナリストを育てるということで設立したのが「国際浪人塾」だった。全寮制で食事もなにも塾の方で持つ。塾生は一切お金が掛からないという触れ込みだった。
「たいしたもんですね。その若宮さん」と言うと、「ただお金は名古屋の予備校の経営者が出しているようだ」とのことだ。受験産業がまだ伸びている時代だった。
とにかく加藤さんはここに応募した。そして、どうしたことか合格したのだ。最年長の塾生だったようだが、そのせいか「塾頭のようになっちゃた」と言っていた。妻子を捨てて出家すると言うと、まるで西行法師のよだが、稼ぎが良いとの噂の奥さんにはほとんど当てにされていないと言うことかもしれない。
それで電話に戻る。意外だったので「どうしたんですか」と聞くと、最近日本に帰ってきたと言う。さすが国際ジャーナリスト、以前とは言うことが違う。日本に帰ってきたと言うと、それまで外国にいたと言うことだと想像が付く。
色々聞きたいことがあったが、「まあ、とにかく会ってから話そう」と言うのでそうすることにした。
新宿の伊勢丹の入り口で待ち合わせした。2丁目の居酒屋に行った。席に着くと、携帯ラジオを机に置いて、イヤホーンを耳に何か聞いている。ラジオのニュースだと言う。すぐに酒を欲しがる以前の加藤さんとはずいぶん変わったものと感心した。
しばらくするとイヤホンを外して、おもむろに話始めた。フィリピンに行っていたんだよと言う。マルコス大統領の独裁が末期を迎えて、連日のデモなどで大変な騒ぎとなっていることはニュースで知っていた。この大揺れに揺れているフィリピン情勢の取材にマニラに行っていたのだと言う。
「あの国は源平の合戦の時代のようだ」と感想を言う。最初は意味が分からなかったが、よく聞くとなるほどと納得した。平安時代末期の日本は権力が貴族から武家に移り、源氏と平家が国を二分した抗争を繰り広げた。フィリピンは今まさにその時代のようだと言う。独裁者のマルコス家と反権力のアキノ家で国を二分する戦いをしている。
日本にとっては遠い過去のことだが、今もそれが現実の国もあるのだ。つまり地球上にある国はすべて日本と同じ状態にあると思う方が間違いだと言う。そういわれるとなるほど思う。さすが国際ジャーナリストの加藤さんは言うことが違うと感心した。
しかしお酒の飲み方は相変わらずだった。つまりなんだか意地汚いのだ。こちらの奢りだと思うと、やたらに高い酒を頼むので、気が気ではない。
これからどうするのかと聞くと、またフィリピンに戻るのだそうだ。と言うのも最近、ニューヨークタイムスのインタビューでマルコス大統領が来年早々に選挙を行うことを明らかにしたらしい。聞いていたラジオのニュースはそれに関したものらしい。
「いよいよ戦いが始まるんだ」
翌年コラソン・アキノ大統領を誕生させた“ピープルパワー革命”が大きく動き出した。
(ヘルスライフビジネス2022年7月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)