加藤君を秘書にしたい(199)

2026年6月23日

バックナンバーはこちら

年が明けて2月になった。加藤さんが取材に行っていると言うので、フィリピン情勢がやたらと気になった。テレビや新聞でも度々フィリピン情勢を取り上げていた。

それによると、どうも2月に大統領選が行われることになったようだ。暗殺された政治家アキノ氏の奥さんでコラソン・アキノさんに立候補を求めて100万人の署名が集まったと言う。

「こりゃあ、出ないわけにはいかねえなァ」と新聞を眺めながら社長が呟いた。選挙となればアキノさんが勝ちそうだ。しかし「選挙に負けてもマルコスがそうおいそれと大統領の椅子から降りるとは思えませんねェ」と葛西博士が言う。すると岩澤君が「そうなると内乱にでもなるんですかねエ」と言い出した。

内乱でも市民同士の小競り合いならまだしも、軍隊同士がぶつかり合うことになれば大変なことになる。まさに源平の戦だ。そうなると現地にいるはずの国際ジャーナリストの加藤さんはかなり危険が及ぶかもしれない。

そして2月7日に選挙が終わると案の定、騒動が持ち上がった。アキノ陣営は80万票差で勝ったと言い、マルコス陣営は160万票で勝ったと言い出した。日本の選挙のように即日開票し、勝ち負けが決まるのとどうも違う。民主主義の国はそうしたもだと思っていると、途上国などではそうでない。

ところが最近でも民主主義の本家を自任する国でもそうでもなくなった。大統領選で負けても選挙に不正があったと言い張って負けを認めない。これを支持する政治家や支持者がいるのは驚きだ。不正があったと主張すれば、なんでも通ってしまう。政治は力だと言うことのようだ。

しかしこの時のフィリピンではそうは行かなかった。マルコス陣営の選挙不正が明らかになった。そしてエンリケ国防相やラモス参謀総長など軍が決起して、アギナルド空軍基地に立て籠もった。さらに100万人の市民が街頭を埋め尽くした。マルコスのいるマラカニアン宮殿はデモ隊に取り囲まれた。

2月25日にラソン・アキノさんが大統領就任宣言をする。マラカニアン宮殿がデモ隊に取り囲まれ、マルコス前大統領はハワイに逃亡した。これでフィリピンの「ピーピルズパワー革命」とか、「エドゥサ革命」と呼ばれる民主革命は幕を閉じる。

しばらくして、フィリピンにいるはずの加藤さんが我々の編入部を訪ねて来た。いつもと同じ天然パーマのかかったやや長めの髪で、キリストの末裔を自任する彫の深い色白の顔だが、どうも表情が冴えない。

アキノ大統領誕生で取材にけりがつたため帰国したと言う。しかし、どうも歯切れが悪い。なんだかふさぎ込んでいるようでもある。それとなく聞くと、国際ジャーリスト育成をするはずだった「国際浪人塾」はフィリピンの革命とともにあえなく消え去っていた。

「だって、主催者の若宮清さんそのものが、日本に帰って来ないんだからしょうがない」

アキノ大統領の顧問になって、塾どころじゃないようだ。それで塾は自然消滅で、加藤さんは国際ジャーナリストの肩書がとれて、タダの浪人になった。

「で、どうするんですか、これから…」と言うと、「どうしたもんかなァ」とため息をついた。やはり元気がない。なりかけの国際ジャーナリストではまだ食えるとこまで行っていないのだろう。

「とにかくか今日は挨拶に来ただけなので、また改めて」と言い残して帰っていた。

数日経って参議院議員の丸谷金保さんから編集部に電話があった。

「加藤君の連絡先を知らないか」と言う。秘書の一人が辞めたんで、代わりに加藤さんに秘書になってもらいたいと言うことだった。それにしても運のよい人だと思った。

(ヘルスライフビジネス2022年7月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第200回は6月30日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

関連記事