3つ目のノーベル賞を取り損ねた話(202)

2026年7月14日

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ポーリング博士のことで、初めて聞いた話がもう一つあった。DNA(デオキシリボ核酸)の二重らせん構造発見の話である。

この話は学生時代の教科書で学んだ記憶はある。記憶はあるがよく覚えていない。簡単に言うと、遺伝子情報が書き込んであるDNAは二重らせん構造になっていることだったと思う。この発見は1953年にジェームス・ワトソンとフランシス・クリックがしたことになっている。それで彼らは1962年にこれによりノーベル生理学・医学賞を受賞した。

この発見は科学的に計り知れない進展をもたらした。特に、分子生物学はこれ以降目覚ましい発展を遂げた。ポーリング博士はこの時期に遺伝子のらせん構造の研究を進めていた科学者の一人だったと言うことは、この時初めて聞いた。博士は「三つ目のノーベル賞を取り損ねた」と対談の中で話したそうだ。

ただし、ポーリング博士は当時、三重らせん構造説を主張した。同じ研究で競っていた研究者の中にワトソンとクリックもいた。彼らはいイギリスのケンブリッジ大学で研究していた。同じ頃、イギリスのロンドン大学のキングスカレッジにロザリンド・フランクリンという女性研究者がいた。   

彼女はX線結晶学の研究を行っていた。これはX線を照射して結晶を写真に写し、物質の分子構造の解明をする研究で、これをDNAの分子構造の解明に当てはめていた。そして二重らせん解明につながる写真を撮ったのだそうだ。

彼女の上司にモーリス・ウイルキンスと言う人がいた。この上司と彼女とはそりが合わなかったようだが、ワトソンとクリックとは仲が良かった。それで彼らに彼女の撮った写真を見せた。これに二重らせん構造が映っていたのだ。発見はこれがすべてだった。この顛末はワトソン博士が自ら書いた本で紹介しているから事実なのだろう。 

そしてふざけたような話だが、この3人がちゃっかりノーベル賞を受賞している。

渡辺先生によると、「ポーリングさんはその写真を見るのが1週間遅れた」と言っていたそうだ。それで論文が遅れて、3つ目のノーベル賞を取り損ねたという。歴史的な発見も、舞台裏は案外こんなものかも知れない。

ちなみに、2019年に90歳を過ぎたワトソン博士は「遺伝的に黒人と白人の知能指数(IQ)には差がある」との根拠のない人種差別発言により、名誉職をはく奪されている。

話を戻すが、ノーベル賞を2つ取った人はポーリング博士以外にも、キューリー夫人など数人いる。しかし、3つ取った人はいない。

「とにかく偉大な学者であることは間違いない。だからその学説が、そんじょそこらの科学者もどきに分かるわけがない」とは葛西博士の言い分だ。悔しかったらノーベル賞の一つや二つとってから言えというわけだ。

「ずいぶん鼻息が荒いわね」と渡辺先生にからかわれた。葛西博士は照れ笑いをしながら、「もう始まる時間だ」と言いながらセミナーの会場へ歩き出した。時計を見ると確かに時間が迫っていた。それで我々も歩き出した。

しかし、ポーリング博士の講演は期待に反して退屈だった。すくなくとも我々がすでに本で読んだような内容の話しだったからだ。

ところが岩澤君は感動したようだ。

「いやあー。素晴らしい話でした」と感激の面持ちである。

「ほら、読んでいない奴は感心するんだよ」と葛西博士。

朝日新聞の紙上でのポーリング博士と国立栄養研究所所長の鈴江緑衣郎さんとの対談は翌日行われた。さすが栄養学者の鈴江さんだけであり、研究データを挙げながら、かなり長時間突っ込んだ議論に及んだらしい。

(ヘルスライフビジネス2022年9月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第203回は7月21日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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